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開智望小学校の探究の様子~Unit5:Who We Are(2nd Grade)

こんにちは、開智望小学校広報担当の野口です。
いつも開智望ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、毎回開智望小学校の教育について紹介しております。

 

・開智望小学校の探究の様子~Unit5 Who We Are

 

野口(以下 の)「コミュニティって何だろう?」

子どもたち(以下 子)「コミュニティのティーってティーだからお茶じゃない?!

 

の「がく^^^^」「でもお茶会ならコミュニティかもしれない(笑)」

 

そんなこんなで探究Unit5が始まりました。

 

今回の探究はWho We Areです。

「ここはどこ?私は誰?」の探究ですね。

 

その中で「コミュニティと人間との関係」を掘り下げていきます。

プランニングを簡単にご紹介しましょう。

 

セントラルアイディア(=子どもたちに身に付けさせたい世界観)は、

「Community Shares common value」です。

 

コミュニティは価値を共有している。

 

1)コミュニティって何だろう?

2)価値って何だろう?

3)シェアって何だろう?(ミッションの浸透度)

 

この流れで探究は進みます。

 

1)コミュニティって何だろう?

 

1-1)私たちの知っているコミュニティ

 

まずは、いろんな制服、民族衣装を見るところから探究は始まります。

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子どもたちは目に見えるところから、だんだんと目に見えない文化や価値に迫っていくのです。

 

開智望小学校の子どもたちは制服を着ており、その制服にも価値があるわけですね。

 

グループワークで色々なコミュニティを知る足掛かりとして制服や民族衣装について考えました。

 

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子「なんか変なの?ふつうじゃない!」

の「いいこと言うね。ふつうって何なんだろう?」「この<ふつう>っていうのがコミュニティによって違うということが今回の探究の肝かもしれないね」

 

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そして探究は続いていきます!

 

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今後もブログでその進捗をお知らせいたします!

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

開智望小学校ウィンタースクールの様子~体験するだけではない"探究型"のフィールドワーク

こんにちは、開智望小学校広報担当の野口です。
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ウィンタースクールに2年生と行ってまいりました。2年生が2泊3日親元から離れて過ごすというとてもチャレンジングな企画です。

 

何のめぐり合わせか、1月10日までは全く雪がなかった六日町が11日になると積雪40cm。

 

果たして無事3日間過ごせるのか、とても不安に思いながら東京駅を新幹線で出発しました。

 

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トンネルをぬけると、そこには・・・

越後湯沢に着く前に子どもたちは大興奮。

この時はまだ雪の恐ろしさには気づいていない子どもたちでした。

 

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1日目の雪の様子です。前日まで降っていなかったとは思えない豪雪。

子どもたちはスキーウェアに着替えてキャンプ場に向かいます。

スキーウェアと帽子、ゴーグル、手袋、まだまだ管理するのが大変で一人で着替えられない子もちらほら。子どもたち同士で協力しながら何とか出発しました。

 

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昼間思いっきり遊んだ後は美味しいご飯を食べて宿のお父さんにインタビューしました。

 

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そして、部屋に戻ってインタビューです。子どもたちは目を輝かせながら自信満々に1日を振り返っていました。

 

なかにはお家が恋しくて泣いてしまう子もいましたが、子どもたち同士で励ましあい、何とか乗り越えようとしている様子が印象的でした。

 

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2日目は街並み探検を終えるとさらに雪が強まります。

1m近く雪の中で子どもたちは元気いっぱいに雪だるま作りをしました。

 

こんな雪は初めて!と言いながらおもいっきり遊ぶ子どもたちでした。

 

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宿に戻るときちんと1日を振り返ります。ワークシートに学んだことを記録していきました。子どもたちは自分の言葉でしっぱりと振り返りを書いていました。

 

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3日目は全員に一言ずつ発表してもらいました。自分の言葉で3日間の学びをアウトプットします。

 

最後にお父さん、お母さんに寄せ書きをプレゼントしました。子どもたちの感謝の気持ちが見て取れました。

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・まとめ

 

子どもたちは雪国の体験を通して何を学んだのでしょうか。

もちろん3日間親元を離れて生活するだけでも立派な行く意義があります。

 

しかし開智望小学校の探究型のフィールドワークは、そこで終わりません。

 

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こうしたワークシートを使いながら、

何のために行くのかを事前、ウィンタースクールの途中、最後、行ってきた後に確認し、目的から目をそらさないようにします。

 

左側の目的を果たすために、右側の手段もきちんと与えます。

街並み探検で実際に目で見るだけではなく、宿のお父さんにインタビューする機会を2回作って、発見できない部分も補います。

 

3日間を通して小さな事件や子どもたち同士のトラブルも多発しましたが、

この目的を忘れずに子どもたちは有意義な学びを実現してきたと思います。

 

今年度も後は開智望発表会を残すのみ。

1年間の学びの成果を存分に発揮してほしいですね。

 

ウィンタースクールの様子は1月21日の学校説明会の時にも詳しくお伝えしますので、ぜひご参加ください。

 

 

読書感想文を"拝読"しました。(2年生の冬休みの宿題)より

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・子どもたちの読書感想文を読んでいて・・・

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最初は単に宿題をチェックする気持ちで読んでいました。

しかし、途中から私の気持ちの中で変化が起きました。

 

かつて知り合いの経営者の人に言われた言葉を思い出します。

「700円の岩波文庫を700万円の価値があると思って読みなさい。」

 

歴史を勉強すればわかりますが、昔の庶民は本なんて読めなかったんですね。

だからこそ700円の岩波文庫には700万円の価値があると。

 

その時から私は本を読む時に「拝読する」という意識を持とう、と密かに思っています。

目の前のものが大切だと思った時、人の学ぶ力は増強されます。

より多くのメッセージを受け取れるようになるからです。

 

単なる子どもたち、たった8歳の子どもたちの作文なのに、

いつしか「拝読」という気持ちになってきたのです。

 

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(文字が見えづらくてすみません。)

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もちろん保護者の方の協力があったと思います。

しかし、深く広い気づきを得ている子どもたち。

 

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・私もこうなりたい!

・私だったらこうするかも・・・

・もしこうでなかったら・・・

 

子どもたちの作文には思考があふれています。

そして人の心の奥底に共感する力も育まれています。

 

正月ボケしていた私はとてもハッとさせられました。

 

子どもたちはいつの時代も明るい未来を夢見て、

もっとよくなりたい!もっと学びたい!もっと大きくなりたいと願っています。

 

その子どもたちの想いに応えるべく、私たち大人も探究を続けていかなくてはなりません。

 

さあ、3学期も本物の探究をしよう!そう心に誓った新年の3連休でした。

 

あなたは子どもたちの無限の可能性を信じていますか。その無限の可能性を伸ばすために何ができるのでしょうか。

 

ぜひ、この子どもたちの普段の様子をお伝えしたいので、

1月21日(土)の学校説明会にご参加ください。

 

申込みはこちらから!

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これからの時代を生き抜く探究学習の様子を存分にお伝えします。

 

 

天才が育つ環境とはどんな環境か?歌うことが楽しい・運動することが楽しい・学ぶことが楽しい

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・天才が育つ環境とはどんな環境か?

 

相手を変える習慣力 Business Life

相手を変える習慣力 Business Life

 

 

 天才が育つ秘密についてのある研究があります。天才ピアニスト、天才スケーター、天才棋士など、「天才が育つ環境とはどんな環境か?」についての研究です。

 

研究結果として浮かび上がったことは、子どもの頃、最初に習った先生に共通点があるということです。その共通点とは、プレイヤーとして凄い実績のある先生であるということでもなく、指導者としてカリスマのような先生であるということでもありません。

 

それは「楽しくやることを教えてくれた先生であること」だそうです。

 

ピアノであれば、『ピアノ=楽しい=快』という方程式を、習い始めの段階で、しっかりとインプットしてくれること。このインプットが最初にあれば、それは一生の土台として定着します。元々才能溢れる子どもが、この方程式を身に付けると、『練習=快』となり、放っておいても練習するようになります。このことにより、圧倒的な練習量を自然にこなすようになります。

 

反対に、いくら才能があっても、最初にスパルタ式の指導を受け、「ピアノ=つらい=苦」という方程式が出来上がってしまうと、「練習=苦」となり、頑張って、頑張ってピアノを続けることになります。それでもそれをたくさんの量で続けると、やがて、バーンアウトという状態を起こしてしまうのです。

 

反対に、最初に、「ピアノ=楽しい=快」の方程式が定着した子どもは、思春期などにスパルタ式の猛練習の環境に入っても、燃え尽きることなく成長していきます。なぜなら、「ピアノ=楽しい=快」が基本にあり、そのスパルタ式を「自分のレベルを次のステージに持っていくことに必要」だと、普通に受け入れることができるからです。

 

これは勉強についても同じですね。

 

さて、先日クリスマスコンサートが終わりました。その様子は別の機会にご紹介することにします。

 

歌うことが楽しい。

 

子どもたちはクリスマスコンサートを通して、この感覚を身に付けてくれたのでしょうか。

 

2年生のある男の子は、3年生の歌声に深く感動し、3年生が歌った歌を覚えたいと言っていました。2年生のある女の子は、練習の時に歌えていなかった1年生がちゃんと歌えていて、自分のことのように喜んでいました。

 

私は子どもの頃歌うのが大好きでした。教師の子どもとして育った私はいくら勉強ができても「どうせ親が先生だもんね」と言われ、認めてもらえません。小学生の時友達のお母さんが私の歌声をほめてくれ、すごくうれしかったのを覚えています。

 

運動することが楽しい。

 

運動会ではビリでも、日ごろから友だちと一緒に遊んで身体を動かすことが楽しい。そんな感覚を子どものうちから身に付けてほしいですね。最近テニスをがんばっている2年生のある男の子は、自分からどんどん練習しようという意欲が出てきました。

 

学ぶことが楽しい。

 

私のクラスでは将棋が大流行しています。1年生が3年生を倒す。3年生はお母さんに頼んで将棋の本を買ってもらう。一生懸命戦法や囲いを覚える。すると1年生に勝つ。次は1年生が戦法を覚え始めました。

 

こうして自然と学ぶことが楽しい。この感覚を身に付けてほしいのです。

 

小学校低学年で大切なことは何でしょうか。

何度もテストをして、毎日漢字練習をさせることですか。

大学受験までにバーンアウトをしてしまう中学受験経験者を何人も見てきました。

 

私の知り合いは母親にむりやり小学生の時ピアノをやらされて全国で8番くらいになったものの、大人になっても嫌な記憶として残っているそうです。

 

小学校低学年で大切なことは、

歌うことが楽しい・運動することが楽しい・学ぶことが楽しい

 

この感覚を身に付けることではないでしょうか。

 

探究の教室には、いつも子どもたちの笑顔があふれています。

もちろん多少お行儀は悪いかもしれません。

多少言うことを聞かないかもしれません。

 

しかし、子どもとは本質的に短期的視野で今楽しければいい!という生き物です。

失敗を繰り返すから子どもなのです。

 

彼らに何かを無理やりやらせるのは簡単です。しかし、それには違和感を持ってしまいます。

 

かといって自由をはき違えるのも違います。すくすくと育つ今の3年生が5年生になる頃くらいには、低学年を制圧し、指導するのではないかと期待しながら、やはり、一番大切なのは、学ぶことが楽しいという感覚ではないでしょうか。

 

追伸

冒頭にご紹介した本はコーチングの本ですが、参考になる部分がたくさんありましたので、ぜひおすすめです。

 

 

 

 

PYPの5elementsの実装と裏側にある人間観

2学期が終わろうとしています。2年生の子どもたちは約2か月間続けてきた「Sharing The Planet」の総まとめに入ろうとしています。

 

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PYPすなわち国際バカロレア初等教育プログラムは全人教育であり、

1.教科の枠を越えた知識(普遍的で他の分野にも応用可能なもの)

2.概念的な理解(深く広い認識および洞察)

3.Skills(生涯にわたって自分を支え社会に貢献できる能力)

4.態度(姿勢、人間としての大切な構え)

5.行動(単なる知識の獲得に終わらずに行動によって社会をよりよくする)

 

この5つの要素(elements)を満たして探究を進めていきます。

 

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今回の探究(2年生2学期Unit4,11-12月)では、以下にフォーカスを当てました。

 

1.教科の枠を越えた知識:自然には恩恵と脅威がある。

2.概念的な理解:Responsibility

3.Skills:research

4.態度:感謝

5.行動:自立的な行動、具体的経験

 

・子どもたちのプレゼン資料

 

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1年生の頃からこのフォーマットを使って子どもたちは10回近くプレゼンテーションを行なってきました。最初は先行知識を書けずに、先行知識から疑問出しへのつながりが不十分でした。

 

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この班の子たちはきちんと先行知識から疑問を出すことができています。疑問に対する仮説も自分たちの言葉で書かれており、仮説の理由(論証)まで考えられています。

 

また、とても成長を感じるのは、定量的に2年生の算数で習った20Lなどの知識が駆使されている点です。バラバラの知識をつないで教科の枠を越えた探究を行うためには、こうした他の所で学んだ知識を活かすことが決定的に重要ではないでしょうか。

 

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わかったことに対しても実際にお家でやってみて実感を持ってわかったことを書いています。動画を撮影し私に提出してきましたので、すごく感心しました。

 

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家の中での水をよく使う部分別にどうすれば節水できるのか分かりやすくまとめられています。

 

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探究は1回で終わりではありません。もともと知っていたことが更新され、さらに知りたいことが出てくる。それを次は明らかにしていく。この連続したプロセスが探究ですね。

 

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終わりにでは結論を端的に表せています。

こうしてみていくと教員が教えたのではないか、とご指摘をいただきそうですが、

全て子どもたちが自分たちで用意した資料です。2年生でもここまでできることが分かったので、3年生以降では知識の厳格さを追究し、社会全体をよくするようなアクションを考えられるように子どもたちを支えていきたいです。

 

・PYPの裏側にある人間観

 

さて、今回はとある探究のプレゼンテーション資料から子どもたちの探究の様子をお伝えしました。

今までの教育とPYPの教育の違いは、その人間観にあります。

 

今までの教育は、子どもたちの頭の中を白紙ととらえていました。

しかし、PYPの教育では、子どもたちはすでに何かを知っていて、何かリソースを持っていると考えています。

 

すでに知っていることを洗い出し、そこから疑問を出す。その疑問を解決することによって、「分かる喜び」を知る。ここにPYPの教育の価値があるのではないでしょうか。

 

 

勉強の仕方―頭がよくなる秘密 (ノン・ポシェット)

勉強の仕方―頭がよくなる秘密 (ノン・ポシェット)

 

 

 この本には、以下のように書かれています。

 

今の日本の学校教育は、まず先に100点というものがあって、いかにそこにたどり着かせるか、100点を取るためにどう頑張らせるか、つまり悪いところを直していくという発想です。そうではなくて、すでに100点を取る才能、能力がある、備わっているんだけれども、それが発揮できていないだけだという考え方、そういう教え方だったんです。

 

最近学校で将棋が流行っているので、色々な棋士の方の本を読み漁っていますが、

上記の一節がとても心に残りました。

 

今回のブログは以上です。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

雪わたりと概念的思考~探究型の国語を目指して

こんにちは、開智望小学校広報担当の野口です。
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・開智望発表会に向けて

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この絵、とっても素敵じゃありませんか。1年生が描いた絵です。

1年生ですよ!『ずうっと、ずっと、だいすきだよ』の感想を書いている時に

描いてくれました。

 

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こちらは異学年国語の様子です。3年生の女の子が皆に読み聞かせをしてくれています。

 

・探究における国語の役割

前回のブログでもお伝えした通り、2年生の探究は以下のプランで進んでいます。

 

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エクスカーション(秋の遠足)で浄水場を訪れて、川に対する知識を獲得しました。

今週と来週はResponsibility(責任)の観点で「川の水を守るために私たちには何ができるのだろう?」という探究をしていきます。

 

川のことが終わると次は雪国の探究に入ります。

理科的に雪をとらえる。

社会的に雪をとらえる。

どちらもとっても大切なことです。開智望小学校の探究では、国語の観点でも雪に対する理解や認識、感性を育んでいきます。

 

 

雪わたり (福音館創作童話シリーズ)

雪わたり (福音館創作童話シリーズ)

 

 

来週以降学校で扱おうと思っているのが、雪わたりです。小学校5年生の国語の教科書に登場します。昔の言い回しが使われていたり、多少子どもにとってはわかりにくいところがあります。

 

しかし、読書に慣れ親しみ、相当の語彙数を獲得してきている2年生の子どもたち。

きっと物語の本質的な部分に到達できると信じています。

 

・学びの設計図

 

単に読むだけではなく、私たちは考えながら子どもたちに物語を読んでもらいます。

では、どうしたら考えながら物語を読むことができるのでしょうか。

 

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教員として、子どもたちに結局何を身に付けてほしいのか、ゴールを設定します。

そのゴールにあたるのがルーブリックです。それぞれのレベルとConceptsが関連しています。

 

まず、物語の前半では物語のForm(目に見える部分)をとらえます。

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そして、だんだんと物語の核心に迫っていくのです。

 

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最後には、レベル4になることを目指して物語と対峙していきます。

今までの多くの小学校の国語は全体を理解した上で、部分をとらえていきます。

いわゆる三度読みです。しかし、私たち開智望小学校は、一読総合法というやり方で行ないます。

 

子どもたちは続きを知らないので、「次どうなるのか?」ワクワクしながら読みすすめます。そして、途中で想像したり、問いかけられて、考えざるをえなくなります。

 

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実際に子どもたちにやってみた結果はまた別の機会にご紹介しようと思います。

 

今回のブログは以上です。最後までお読みいただきありがとうございました。

 

追伸:

前回のブログより

 

kaichinozomi.hatenablog.com

 

・子どもの才能を上手に伸ばすカギとは?

 

今回のブログでは、この才能を上手に伸ばすカギについて実は説明したのです。

 


7~10歳以降の育脳は、自己報酬神経群の機能を活かすことがポイントとなります。
 では、自主性・主体性を発揮させるためには、どうすればよいのでしょうか。
「指示・命令してはいけないなら、放任主義がよいのでは」―そんなふうに思う方が多いかもしれませんね。しかし、ただ放っておいてよいはずがありません。子どもというのは、さまざまなシーンで判断を誤ったり、どうしてよいかわからず迷ったりするものです。人生経験豊富な大人が上手に導く必要があります。
 自己報酬神経群の機能を高めつつ、うまく子どもを導くために、カグとなるのは、「よい質問を投げること」。

(中略)
「こうしなさい」と言いたい内容を選択肢として示したうえで、「あなたはどうすればよいと思う?」と尋ね、子ども自身に選ばせるというステップを踏むのです。

子どもの才能は3歳、7歳、10歳で決まる ―脳を鍛える10の方法

 

私たちが行う探究についてもっと知りたい方は是非来年1月の説明会にご参加ください。

 

 

 

 

●脳の仕組みから考える探究の有効性とは?(Function)・積雪や秋のエクスカーション

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 ・最近の子どもたちの様子

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11/24(木)に関東地方に積雪があり、校庭の裏側の芝生にはきれいな雪がたくさん積もりました。もちろん遊びではなく探究の一環として雪を体験しています。

 

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触ると冷たい!

意外と重いな!

どうして水は透明なのに雪は白いんだろう?

 

子どもたちは体験しながら疑問を持っていました。

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これから2年生はウィンタースクールに向けた教科の枠を越えた自然の探究を行なっていくので、今回の積雪は絶好のチャンスになったのです。

 

また、11/22(火)には秋のエクスカーションに行ってきました。

 

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浄水場でDVDと実演によりろ過の仕組みや水道水が届くまでのプロセスを学んだ子どもたち。

 

振り返りでも、その充実した学びの様子が伝わってきました。

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・2か月間の探究は構想され、デザインされています。

 

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子どもたちにはこうした投影資料を提示しながら、全体像と現在地、次に何を学ぶのかを理解してもらっています。

 

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もちろん、その裏側には教員の学びの設計図(Planner)があります。

 

こうしたプランニングによって「子どもたちに教えないのに、子どもたちがきちんと学ぶ」という状態を作ろうとしているのです。

 

最近読んだ、この本からも探究のやり方が小学校の低学年の子どもたちに対して有効であることを再確認しました。

 

 

子どもの才能は3歳、7歳、10歳で決まる!―脳を鍛える10の方法 (幻冬舎新書)

子どもの才能は3歳、7歳、10歳で決まる!―脳を鍛える10の方法 (幻冬舎新書)

 

 

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育脳という観点では、成長に合わせて力点が変わることを理解するのが重要とのことです。

 

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脳の仕組みと発達のプロセスを理解していないと、

大人(保護者や教員)がよかれと思ってやったことが、子どもにとっては逆効果ということにもなってしまうようです。

 

子どもの才能は3歳、7歳、10歳で決まる ―脳を鍛える10の方法より引用

 


・本書の目的は、脳のしくみと発達過程にもとづいた、本来あるべき育脳の方法をみなさんに分かりやすくお伝えすること


・脳の発達過程からわかるのは、まず、0~3歳の子どもの脳は、神経伝達回路が十分に発達する段階にはない、ということ。そもそも未熟な脳に無理な学習を強いることは脳にとって非常につらい作業なので、教育熱心な親御さんは注意が必要です。(中略)

・一般に早期学習と呼ばれるものは、やり方によってはメリットがあるものもありますが、無理に情報を詰め込んだり、具体的な成果を求めてやらせるのはNGです。
・7~10歳以降は、親が「○○しなさい」などと指示をすると非常に嫌がるようになります。先回りして指示されたときの「いまやろうと思っていたのに」という口答えは、子どもだけでなく大人もつい言ってしまいがちなものですが、これは自己報酬神経群の働きが止まると、脳の機能が落ちてしまうからなのです。


・脳を鍛える10の方法
①物事に興味を持ち、好きになる力をつける
②人の話を感動して聞く
③損得を抜きにして全力投球する素直な性格を育む
④「無理」「大変」「できない」など否定的なことを言わない
⑤目標に向かって一気に駆け上がる
⑥「だいたいわかった」などと物事を中途半端にしない
⑦重要なことは復習し、繰り返し考える
⑧自分のミスや失敗を認める
⑨人を尊敬する力をつける
⑩"類似問題"で判断力を磨く

 

探究では、子どもたちが自ら抱いた疑問を精査し、グループで協働しながら世界の秘密を明らかにしていきます。

自分たちで選んだ疑問を解決するわけですから、もちろん主体的です。

 

また、教員としてはファシリテーション(促進)したり、プロボケーション(挑発)するわけですから、きちんと定着すべき知識を獲得させます。

 

上記で申し上げたようなプランニングがなければ、単なる調べ学習になったり、

子どもたちが主体的でも何も学んでいないという状態になってしまいますね。

 

第4章 7~10歳は自主的に勉強させる
・子どもに「勉強しなさい」と言ってはいけない

脳の発達にともなって自己報酬神経群の働きが活発になっている証拠です。(中略)
自己報酬神経群は、「自分で決めたことを自分で達成したい」と考え、「自分でやる」ことをごほうびとして機能します。
つまり、自主性・主体性を持ったときにうれしいと感じるのです。
親が「ああしろ、こうしろ」と指示することは、「自分からやる」ことができなくなることを意味します。つまり、親の指示は「脳に対して「やる気を削いで思考力を落とす」という悪影響を与えているのです。

・子どもの才能を上手に伸ばすカギとは?

 

さて、子どもの才能を上手に伸ばすカギとは何でしょうか。

 

ぜひ、本書を読んでみてください。

 

開智望小学校では日常茶飯事にやっていることです。

 

気になる方はぜひ、来週のブログも読んでくださいね。

 

それではまた!

 

 

 

●入学してからどんな子が伸びましたか?地道に優る魔法なし

こんにちは、開智望小学校広報担当の野口です。
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このブログでは、毎回開智望小学校の教育について紹介しております。

 

・11/19(土)は学校説明会でした。

今年度の入試は第1・2回が終わったので、説明会は平成30年度向けになりました。

年中さんを中心に保護者の方に多数お集まりいただきました。

 

在校生の知り合いの方の参加も増え、在校生の保護者の皆様の後押しを感じました。

いつもありがとうございます。

 

今回のブログは、その説明会での個別面談でいただいたご質問に回答する内容といたします。

 

●入学してからどんな子が伸びましたか?

(年中さんのお子さんを持つ埼玉県在住のお母さまよりご質問)

 

1.よく食べる子

2.よく読む子

3.よく書く子

 

それではまいります。

 

 

1.よく食べる子

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給食のおかわりの風景です。彼らのように元気モリモリでたくさん食べる子はエネルギーに満ち溢れています。私のクラスは給食を残す子が多く毎日困っているのですが、伸びる子たちは例外なくたくさん食べます。

 

「お父さんが圧力鍋で作ってくれた豚の角煮が美味しかった」と話してくれた2年生の男の子もいたので、お父さんたちには頭が下がります。

 

 

 

たまたま安くなったので購入したのがこの本です。この本のなかにこんな一節があります。

 

食べたもので「人生」がつくられる

王 食事についても、若い頃から他の選手よりは意識していました。父親が中華料理店を営んでいたこともありますが、特に22歳のとき初めてホームラン王になって、疲労回復とか体調管理の大切さを感じたのがきっかけです。(中略)

プロの世界で結果を出し、生き残っていくには、普段からの体調管理はもちろん、相手のピッチャーとギリギリの勝負になったときに「オレは筋肉の質まで考えて食事しているんだから、こんなやつに負けるはずがない」なんて思い込むことも大事なんです。(中略)

いまの子どもたちを見ると、親が共働きだったりして普段からファストフードやコンビニのおにぎりばかり食べているんじゃないかなと心配です。
 お母さんたちには栄養のバランスがとれた手づくりの料理を子どもたちに食べさせてほしいですし、子どもも嫌いなものでも食卓に出されたものは、ちゃんと食べてほしい。それが後々、「体力」という形で響いてきますから。
 人生において何をやるにせよ、身体が資本になります。その体の素となるのが食べ物ですから、食べたもので「人生」がつくられるといっても過言ではありません。

 

というわけでよく食べる子は伸びますし、人生にとって食事は決定的に重要ですね。

私も毎朝味噌汁をきちんと摂るようにしてから冷え症が改善されたのでおすすめです!

 

 

2.よく読む子

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続いてよく読む子です。

開智望小学校では毎朝、読書タイムで10分ほど静寂の中読書をしています。

子どもたちが真剣に本と向き合う時間は貴重ですね。

つくばエクスプレスに乗っていてもほとんどの人がスマートフォンを見ている中、

たまに読書をしている方を見かけると美しいな、と感じます。

 

 

3.よく書く子

 

 

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子どもたちは毎日毎日たくさん書いています。開智望小学校の子どもたちは、とにかくたくさん書いています。「てにをは」や誤字脱字を直すことはもちろん大切ですが、低学年のうちに「書くって楽しい!」「書くと頭が整理されてすっきりする!」ということを実感してほしいと願っています。

 

私自身も毎日子どもたちのノートを見させてもらうのを一つの楽しみにしています。

 

・まとめ

入学してからどんな子が伸びましたか?

1.よく食べる子

2.よく読む子

3.よく書く子

 

この3つだと個人的には考えています。

 

タイトルにある通り、地道に優る魔法はありません。

 

コツコツと継続することで確かな力がついていくのではないでしょうか。

 

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この学級通信に書きました通り、私たちの学校では子どもたちの成長とは、

科学的な認識と主体性の発揮だと考えております。

 

そのためにもたくさん読書をしたり、たくさんノートに書いたりすることは決定的に大事ではないでしょうか。

 

今回の記事は以上です。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

【コーディネーター通信】TOK(「知の理論」)を解読する

ラカンの灘高・日本史リベラルアーツ授業・・・・

 

問い①「江戸期、東北で飢饉が度重なり、多くの人が餓死したのはなぜか?」

これは、倉石 寛 灘高前教頭(現在立命館大学教育開発推進機構教授)が2015年2月に灘高2年生に実施した授業のテーマです。

 

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この問いに対し、私などは、「そりゃ、夏にヤマセが吹くからだろう。」とか、「夏に寒流の千島海流の勢いが強いと、その上を吹いてくる北東の風が冷やされて、東北地方の気温が上がらないのと、濃霧を発生させるのとで、稲作等に冷害をもたらすから。」などという解答を考えるでしょうな。

 

なんでこんなことを書き始めたかというと、最近、野口君と、国際バカロレアのディプロマプログラムのコアの「知の理論」(Theory of knowledge)について話をしていた時のことです。そのUnit1の「知識の読解」の「知識の種類と知識に関する問い」の「知識マトリックス」というところに、次のように書かれていたことが大変気にかかりました。

 

 

・・・重要な知識に関する主張で、単独に生じるものはほとんどありません。たいていは、世界についてのアイデアや主張に複雑に絡み合ったものの一部であり、テストやリソースを巧みに組み合わせて使用して、互いに矛盾していないかどうか常に相互参照させているものなのです。したがって知識は、「概念、事実、関連のマトリックス」で構成されており、私たちが遭遇する個人的主張を評価する際に概して頼りにするものです。知識に関する主張に直面しているかどうか、次のような質問をする必要があります。

「誰にとって、これは真実なのか。」

「どんな根拠があって、真実だと主張されているのか。」

「この知識に関する主張は、私が以前から真実だと信じている知識に関する主張と一致するのか、それとも矛盾するのか。」

「どの程度社会は、この主張が真実であることを信頼しているか。」

「どの程度私は、この主張が真実であることを信頼しているか。」

「この主張を真実だと認めると、どういう結果になるか。」

「私がこの主張を確かだとみなすかみなさないかで、どういう違いが生じるだろうか。」

「もし私がこの主張の真実性を認めないとしたら、どんな結果に直面するだろうか。」

(『TOK(知の理論)を解読する』 Wendey Heydorn   Susan Jesudason  Z会

さて、こう考えると、「夏にヤマセが吹くから、飢饉が起こり、たくさんの餓死者が出る。」という知識は、どう評価できるでしょうか。

 

「誰にとって、これは真実なのか。」という基準からすると・・・

 

「誰にとって、これは真実なのか。」という基準からすると、現在のところは、東北地方では餓死者が出ているわけではないので、この知識の主張は、事実の一部ではあっても、それほど意義のあるものではないということになりますね。

 

「どんな根拠があって、真実だと主張されているのか。」という基準からすると・・・

 

「どんな根拠があって、真実だと主張されているのか。」という基準からすると、この知識は、気象学上の事実に根拠を持っているでしょう。ということは、物理学的にも、地理学的にも根拠を持っていることになります。しかし、「夏にヤマセが吹く」という条件だけから、「飢饉が起こる」という結果が生まれるということはありません。確かに稲は熱帯性の植物ですから、高温多雨のほうがいいに決まっています。しかし、現在では品種改良がおこなわれて寒さに強いイネの栽培がおこなわれています。また、稲ではなく、寒さに強いソバやクリ、アワやヒエを作ればいいわけですから、「夏にヤマセが吹く」というのは、飢饉の必要条件の一つではあっても、十分条件にはなりません。

 なぜ東北地方では、江戸時代に、夏、寒冷で日照時間が少ないにもかかわらず、コメ作りを行ったのかということについての知識や、なぜ寒さに強いソバやクリ、アワやヒエを作らなかったのか、さらに、飢饉が起こったにしても、それがなぜ多くの人の餓死につながったのかということについての知識が必要になってきますよね。

 

ということは、「夏にヤマセが吹くから、飢饉が起こり、たくさんの餓死者が出る。」という知識は、十分な根拠をもった知識であるとは言えません。

 

「この主張を真実だと認めると、どういう結果になるか。」という基準から見ると・・・・

 

「この主張を真実だと認めると、どういう結果になるか。」という基準から見るとどういうことになるでしょうか。

 

「夏にヤマセが吹くから、飢饉が起こり、たくさんの餓死者が出る。」ということが真実であるとするならば、これはえらいことになりますよ。というのは、気象というものは、人間の思うようにはならないんです。ということは、東北地方の飢饉は、これはもう必然的であるから、東北の人々は甘んじてこれを受け入れるしかないということになってしまいます。こんなバカな話はありません。したがって、ですな。「夏にヤマセが吹くから、飢饉が起こり、たくさんの餓死者が出る。」という知識は、その結果生じることから考えても、「真実」とは言えませんな。

 

ということは、「夏にヤマセが吹くから、飢饉が起こり、たくさんの餓死者が出る。」という知識は、「概念、事実、関連のマトリックス」から見直すと、「知識」としての値打ちが高くないものだということになります。

 

皆さんは、どういう知識を組み立てますか? 先ほど挙げた基準を参考にして、一度考えてから、次をお読みください。

 

次のような、知識を組み立てた人がいます・・・

 

幕藩体制は、「米遣いの経済」である。だから、各藩は、流通力のあるコメを江戸・大阪で売却して参勤交代や江戸滞在の費用を賄った。したがって、農地の多くを水田にしてコメの取れ高を多くすることが、藩政の使命になっていた。だから、ヤマセによりひどい凶作が起きたとしても、東北の藩主は飢饉の中、班内のコメを強制的に集めて江戸・大坂で売らねばならなかった。そのため、たくさんの人々が餓死することになった。

 

この知識を、「どんな根拠があって、真実だと主張されているのか。」という基準から評価すると・・・

 

この知識を、「どんな根拠があって、真実だと主張されているのか。」という基準から評価すると、ここには紹介できませんが、この知識は、「東北地方の水稲作の作況指数」「天明の夏の天気」「各藩の人口・餓死・病死・逃亡・絶戸」「18世紀から19世紀にかけての飢饉による人口減少」等の資料の分析によって得られたものであり、根拠づけられている資料です。

 

「誰にとって、これは真実なのか。」という基準から考えると・・・

 

さらに、「誰にとって、これは真実なのか。」という基準から考えると、この知識は、江戸自体の東北諸藩の人々にとってだけ「真実」なのではありません。こういうと「えっ」と思われるむきもいらっしゃるでしょうが、本当なんです。では、どういう人々にとって「真実」なのかというと、実は、現代の私たちにとっても「真実」なんです。それについてちょっと考えてみましょう。

 

「この主張を真実だと認めると、どういう結果になるか。」という基準から・・・現代の日本や世界に

 

「この主張を真実だと認めると、どういう結果になるか。」という基準からこの知識考えますと、次のような結果が出てくるのではないでしょうか。

 

「ならば、多くの武士を帰農させて、養蚕等の新たな商品の作り方を教えて、藩経済に寄与させればいい。」「そうすれば、無理して、風土に適さないコメを作らずに、寒冷地でも育ち、江戸・大坂で高価で売れる商品作物を作ることが出来る。」「寒冷地に強いソバやクリ、アワやヒエなどを非常用の領民の食料として栽培しておくことが出来る。」「参勤交代や江戸藩邸でかかる費用を節約して、非常時には領民にコメを分配する。」等々。

 

ところが、よく考えると、江戸幕府がとった政策は、16世紀から始まった西欧諸国の植民地政策ともよく似ているんです。ゴムのプランテーション等々です。それが現代の世界をたいへん大きく規定しているわけですから、この知識は、「現代の世界の人々」にとっても大変意義のある知識だということになります。

 

最後に、「私がこの主張を確かだとみなすかみなさないかで、どういう違いが生じるだろうか。」という基準に基づくと、この知識は、どういうことになるのか、ぜひ皆さんも考えてみてください。

 

 

 

 

【コーディネーター通信】野中至:三年生の「How we express ourselves」

 「私たちが私たちを表現する」といっても、いろんな表現があるものです。私たちは、「表現」というと、なぜか文学的なものや芸実的なものを考えてしまうんですが。

 

 

 「天気予報が当たらないのは、高層気象観測所がないからなのだ。天気は高い空から変わってくるだろう。」「富士山は3776メートルある。その山頂に気象観測所を設置して、そこで一年中、気象観測を続ければ、天気予報は必ず当たるようになる。だが、国として、いきなり、そんな危険なところへ観測所を建てることは出来ない。まず民間の誰かが、厳冬期の富士山頂で気象観測をして、その可能性を実証しないかぎり、実現は不可能である。」(新田次郎『扶養の人』より)

 

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野中 至の言葉です。野中 到は、明治時代の気象学者。妻の千代子と共に富士山頂で最初の越冬観測を試みました。

 

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陸軍との困難を極めた折衝や資金集めは言うに及ばず、たいへん厳しい冬の富士山頂での生活。

夫婦は互いに支えあい観測を続けますが、高山病と栄養失調でついに動けなくなり、助け出されました。よっぽど強い倫理的な動機と科学的な確信がなかったならば、こんなこと、できるはずがありません。

 

十分な観測結果は得られなかったものの、夫婦の決死の努力は感動を呼び、その後の富士山気象観測への道を開き、野中夫妻の偉業は中央気象台に引き継がれました。

 

 野中は、医師を目指して大学予備門(今の東大教養部)に入学しましたが、自ら人々に役立つ道を求めて中退し、気象学者を目指しています。しかし、いくら気象に対する知識があるからといって、それだけでは、資材を投げ打つという献身や、厳寒期の富士山頂での長期観測という決死の努力をやってのけられるものではありません。野中夫妻の自己表現とはこのようなものでした。

 

天才的な物理学者のエンリコ・フェルミや、数学者のジョン・フォン・ノイマンらは、アメリカ合衆国原子爆弾開発プロジェクトであるマンハッタン計画でも中心的な役割を演じ、1944年にロスアラモス国立研究所のアドバイザーとなったり(フェルミ)、戦略ミサイルの開発にかかわります(ノイマン)。ノイマンの自己表現は「戦略核ミサイル」なのでしょうかね。因みにフェルミは水爆の開発に対しては反対を表明しました。科学者としての見識と倫理的なものが一つになったのでしょうね。

これは、フェルミの自己表現です。

 

これにたいして、核兵器廃絶・科学技術の平和利用を訴えたラッセル=アインシュタイン宣言を受けて、1957年7月 7日、カナダのパグウォッシュに湯川秀樹博士、朝永振一郎博士、マックス・ボルン博士、フレデリック・ジョリオ・キュリーら22名の科学者が集まり、全ての核兵器およびすべての戦争の廃絶を訴える科学者による国際会議であるパグウォシュ会議が開かれました。日本パグウォッシュ会議は現在でも続いています。

 

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これも、科学者たちの自己表現の一つです。

 

 どこに、決定的な違いがあったんでしょうか。

 

 そこには、科学的な知識とそれに対する強い確信だけではなく、さらに別の、倫理的な動機があったんですね。「自分のため」だけではなく「ひとびとのため」という倫理的な動機があったんでしょう。しかも、それはたいへんパワフルな確信にまで昇華されていたんでしょう。そして、それが行動という形の自己表現になったんでしょうな。

 

 理系の知識だけでは、不十分なのでしょうね。メアリー・シェリー婦人が『フランケンシュタイン』を書いたのは、1818年。今から200年近く前です。『フランケンシュタイン』には、『現代のプロメティウス』という副題がついています。すでにこのころから、「科学」は、一面では新しい可能性を人間に与えるけれど、他面では不幸に導く「諸刃の刃」であることの警鐘が鳴らされていたんですね。

 

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私たちは、野中至やパグウォッシュ会議に集まった科学者の心性とともに、ノイマン博士のような心性も持つ可能性を持っているということでしょうね。両方の可能性を持っているならば、「科学」だけを学ぶというのは実に片手落ちだということになります。

 

つまり、科学だけでなく、歴史も、地理も、人々についても、社会科や文学、図工、音楽などを通して学ばなければいけないということなんです。「教科の枠を超えた探究」とは、こういう意味を持っているんです。

 

 19世紀の終わりころまで、自然科学は「万能」でした。自然科学が人類に幸福をもたらすと素朴に信じられていましたし、自然科学以外の学問は、自然科学の方法をモデルにして発展しました。画家のモネやターナー蒸気機関車を絵画作品にしました。たぶん蒸気機関は時代を引っ張っていく科学技術の象徴のように思われたんでしょうね。電気や交通機関の発達によって豊かになった人々(もちろんホンの一部の人々ですが)は、スーラの描くように着飾って公園を散歩するようになりました。

 

クロード・モネ 

 

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ジョルジュ・スーラ

 

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ところが、19世紀の後半ごろから、恐慌が起こり、人間の疎外が問題になりはじめると、科学に代表される「知」のあり方に、さまざまな批判と検討が加えられ始めました。「価値」の問題であったり、「実証主義的な知」に対して「構成主義的な知」を対置する試み、「科学」の「根拠付け」を行う試みだったり、画一化しない「人間のありかた」の探究だったり、さらに対象を広げ、そもそも「存在」とはどんなものかということを解明する「試み」だったりと。

 

ちょっと考えてみれば分かることですが、現在は情報・通信技術(ICT)や人工頭脳が人間に幸福をもたらすと思われているようです。その点で、現代は19世紀の後期から20世紀の前期の様相に酷似していますよね。

 

 「歴史は2度繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」という箴言があります。19世紀から20世紀前半の「実証主義」で行き着いたところは、いいところもあったけれど、全体としてはあまりいいところとは言えなかったようですね。しかし、そうは言っても着実に進歩はしているのでしょうが。

 

ならば、未来に生きる子どもたちが、現在の情報・通信技術(ICT)や人工頭脳によって人間に幸福をもたらすためには、科学だけではなく、歴史、地理、文学、芸術、音楽などにしっかりと根ざした知を構築していかなければならないということです。

 

人間として大事なことをこの探究の単元でどう学んでいくか、文学はそのようなメッセージの点検的な表現です。文学に限りません。絵画もそうです。音楽もそうです。科学だってそうです。文学や絵画、音楽や科学などを通して、人間として大事なこと、人間にとって大事なことを探究していく過程は、同時に、私たちが、人間にとって大事なことを表現する、その方法も学び取ることです。その方法は、単に「作品」を作ることだけではなく、態度や行動にも表すことです。

 

この探究で、三年生たちが、10の学習者像に向かい、どういう三年生らしさを表現するようになるか、楽しみにしているところです。