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●考える力をつける上で一番大切なこと?!(learner profile:thinker)

 
 
こんにちは、開智望小学校準備室広報担当の野口です。
いつも開智望ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログは、毎回開智望小学校の教育について、紹介しております。
 
 
・learner profile:thinker
 
 
「ねえ、先生。」
 
授業開始2分前に、小声で近づいてくる子どもには注意が必要です。
 
 
「なになに?」
 
 
「宿題をやったんだけど、家に忘れてしまった。」
「昨日お出かけしてて、夜の11時に帰ってきたから、宿題をできなかった。」
「お母さんが塾の宿題を優先しろ、と言ったから宿題をやらなかった。」
 
 
こんな声が聞こえてきます。
 
<またか>と思いつつ、「ふんふん」と話を聞く私。
 
 
なるほど、
 
宿題を忘れるという事象に関してもさまざまな考え方ができますね。
 
 
「宿題をやったんだけど、家に忘れてしまった。」
→やってはいるから、やらなかったわけではない。
 
「昨日お出かけしてて、夜の11時に帰ってきたから、宿題をできなかった。」
→あくまで悪いのは家族であり、私はやろうとした。
 
「お母さんが塾の宿題を優先しろ、と言ったから宿題をやらなかった。」
→やるという選択肢もあったが、お母さんのせいでやれなかった。
 
子どもたちは必死に頭を使って私に攻めてきます。
 
もちろん開智っ子たちは、ほぼ全員といっていいほど、
宿題を毎日きちんとやってきますので、こうしたやりとりが毎日あるわけではありません。
 
 
他にも、
 
いつ言いにくるか?
→授業の直前よりも、朝来てすぐ報告する方がよさそう。
 
誰が言うか?
→連絡帳にて、宿題をできなかった理由を母親が記している場合もあります。
 
 
 
 
・さて、そんな私も
子どもの頃、言い訳や説得では頭を使いました。
 
 
なんとなく学校を休みたいとき、
 
 
「ずっと頭がいたい」(本当はめんどうなだけ)
 
「昨日勉強しすぎで寝不足だった」(私はがんばりすぎた結果学校に行けないから悪くない)
 
「友達にいやなことをされるから学校にいきたくない」(そんなのはウソだったりウソではなかったり)
 
 
 
 
ゲームを買ってほしいとき、
 
 
「ゲームがないと友達に仲間外れにされる」(本当はそんなことはないし、それで離れる友達はそもそも友達ではない)
 
「●●くんが買ったから、買って」(親が認めている同級生の名前を出すと効果がある)
 
 
 
こうして子どもにとって切迫感がある時、頭を使う、すなわち、考える力を発動するのです。
 
 
だいぶ前置きというか導入が長くなりましたが、
 
考える力をつける上で一番大切なこととは何なのでしょうか?
 
 
私は前職でロジカルシンキング研修を開発したり、
日常の業務で問題解決を頻繁に行っていました。
 
よって、「考える力」「思考力」「ロジカルシンキング」と名のつく本は
かたっぱしから読んだものです。
 
そこには、ロジックツリー、MECE、仮説思考、論点整理、因果関係、
さまざまな用語がならび、たくさんのフレームワークと呼ばれる
考え方の枠組みが用いられていました。
 
 
しかし、しかしです。
 
 
 
それらを使いこなせるのは、ほんの2割。否、もっと少なかったと思います。
 
 
なぜなのでしょうか?
 
 
いくら手法を身につけたところで、大事なことが抜け落ちているからです。
 
そう それは、
 
 
つまり、情熱です。
 
 
子どもたちは、なんとしても宿題を忘れたことで怒られたくないから、
必死で頭を使うんです。
 
子どもの頃の私も、ゲームを買ってもらいたくて必死で頭を使いました。
 
 
なんとしても、この気持ちこそ、考える力を発揮するための原動力です。
 
 
 
 
それはなぜかというと、
 
「いや違う!」「こうかもしれない!」と自己否定をしながら、考え方をレベルアップする
試行錯誤の回数が段違いに異なるからです。
 
いくら、手法を知っていても、
2,3回失敗したくらいであきらめているようでは考える力なんてつくわけがありません。
 
 
プロは地味である、と上司にも言われましたが
 
 
漫画家が一生懸命描いた絵を「クソ!」といいながら
しわくちゃにしている場面を想像してみてください。
 
あれが、まさに考えている状況です。
 
「いや、違う!」「ああでもない!」「頭いたい」
「眠い」「でも、寝れない」「(トイレで)ふと、思いついた!」
 
 
これが考えるということです。
 
 
 
 
 
では、教師として子どもたちに考える力をつけるにはどうしたらいいのでしょうか?
 
 
 
 
それは、
 
 
 
《駆り立てること》
generate(Making PYP happenより)
 
 
です。
 
 
何が何でもあれをやってみたい!
 
なんでああなっているんだ!
 
しびれるくらいかっこいいから、やってみたい!
 
 
 
こうした「情熱」を発動することが、教師の役割ではないでしょうか。
 
 
 
すると、情熱が一番発動されるときは、どんなときなのでしょうか。
 
 
自分自身のことを考えると、
 
 
ギターを始めたときも、
サッカーを始めたときも、
教師を志したときも、
パワーポイント(PCソフト)の操作に目覚めたときも、
 
 
いつも
 
「憧れの人」がいました。
 
 
 
 
そうです。
 
何を言うか、よりも、誰が言うかですね。
 
 
子どもにとって、「あの人に言われたら仕方ない!がんばらなくては!」
 
 
と思ってもらえるような存在になることが大切ですね。
 
 
 
いつも上機嫌で、誰にでも優しく、厳しく指摘するときは毅然とした態度で、
とlearner profileの10個を体現したような
 
教師がいれば、子どもの思考力は自然と高まるのではないか?
 
そう思ったところで本日のお話は以上です。
 
 
長文、乱文最後までお付き合いいただきありがとうございました。