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私たちが育てたいのは半沢直樹なのでしょうか。(前回のブログの続き)

教育観




こんにちは、開智望小学校準備室広報担当の野口です。
いつも開智望ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、毎回開智望小学校の教育について紹介しております。

10月31日は開智学園総合部プライマリー秋のエクスカーションでした。
私のTeam(異学年齢クラス1年〜4年生が約10名ずつで構成)は茨城県の自然博物館に行きました。

私の中で子どもに伝えたい秋のエクスカーションのCentral Ideaは、
「自然に気付き、仲間との絆を築く」です。

子どもたちは班ごとに4年生を中心に、茨城県自然博物館の4つのエリアを探索していました。
ワークシートを使いながら、びっしりとメモする子。
体験コーナーでは積極的に体全身で自然界の法則に気づいていました。

その後は普段味わえない芝生広場での開放的な昼食と、レクリエーション。
大縄をして、鬼ごっこをして、子どもたちの笑顔が輝きます。

帰りのバスの中では、怖い話やすべらない話を披露する子どもたち。
教員たちでは取れない爆笑を2回も起こす4年生の男子に完敗したのでした。


さて、先週のブログにより、開智望小学校準備室ではちょっとした事件が起きました。









・2割のグローバルエリートを育成するためだけにIBがあるのではない。

いつものように、議論が始まる準備室。
授業の空き時間に教員が集まり、来年からのカリキュラムを議論しているのが日常です。

「先週のブログはちょっと冷たいな」で始まる文章が私のデスクに置かれていました。


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北村副室長からのいつものブログに対する論評です。

2割のグローバルエリートを育成するためだけにIBがあるのではない。

特に、2番目のニュース。

我が国の産業構造と労働市場パラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性


http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2014/10/23/1352719_4.pdf


G層やL層と2つに人間の層を分けて、世界で勝てる若者を育成するのがIBなのかね。

きみのブログは冷たいな。

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私は、バカロレアに関するニュースをただ羅列しただけでしたが、

「なるほど、そう受け取る人もいるのか」と思い、改めて考えてみました。




半沢直樹より青島俊作



「クソ上司め、覚えていやがれ!」

「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任」


これらのセリフで知られる半沢直樹

2013年 日本列島には空前の半沢直樹ブームが到来していました。

「やられたらやり返す、倍返しだ!」は子どもたちの口癖になるほど、浸透していました。


2020年代の大学入試では、グローバルエリートを育成する入試が加速するのでしょう。


しかし、ここで育成したい人物像とは、半沢直樹のように、

競争で競り勝ち、やられたらやり返すような人物像なのでしょうか。


たしかに、半沢直樹は、

探究者であり、知識のある人だと思います。

すなわち、国際バカロレアの学習者像の中の2つは満たしていると思うのです。


ただ、圧倒的に欠けているもの、

それはCaringです。


思いやり。


私は、Caringという言葉を見ていて、ふと踊る大捜査線の青島刑事を思い出しました。


「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!!」

「俺に部下はいない。いるのは仲間だけだ。」

これらのセリフで知られる青島刑事。


明らかに

Caringを兼ね備えた人物です。


少し前までの日本では、ヒーロー像として、Caringを兼ね備えた人が描かれていたのに、

最近では、


ただ勝てばいいというような風潮がある気がしてなりません。


子どもたちには、

半沢直樹のような人物になってほしいのでしょうか。


競争の先には競争があり、いつか負ける日がくることを勝者は気づくことが難しい気がします。







・アカデミックスマートよりストリートスマート


IBの理念は国際社会の平和に貢献できる若者の育成です。


それはアカデミックスマートではなくストリートスマート。


以下、北村副室長からのフィードバックより。

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御嶽の噴火の予知だって、研究者だけではなく、林業従事者や地元のオッサン、オバハンの直観や経験に耳を貸していたら、
できただろうね。今まで日本のさまざまなコミュニティで行われていた教育には、そのような判断力を育てる面があった。

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私たちが育成したい若者は選民思想をもって、自分の能力や経験を自己利益のためだけに使うような人物なのでしょうか。


文献では理論的な智を得ながら、泥臭く駆けずり回り、普通の人では解決できない問題を仲間とともに
乗り越えていけるような若者ではないのでしょうか。


秋のエクスカーションのバスの中でこんなことを考えていました。


開智で学ぶ子どもたちは、さまざまな年齢の人たちと触れ合い、さまざまな立場の人の話を聞きながら

お米の探究や
民宿の宿泊体験
などを通して、

きっと、Caringを兼ね備えた若者に育ってくれるのでしょう。

本日のブログは以上です。


最後までご覧いただきありがとうございました。