●『ふろばまぬけ』〜「間抜け」のプチ探究





こんにちは、開智望小学校広報担当の野口です。
いつも開智望ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、毎回開智望小学校の教育について紹介しております。

・子どもたちの活動の様子









★きょうしつまぬけ




こんな付箋が教室の後ろに貼られました。

「かいだんまぬけ」「ろうかまぬけ」「こうていのまぬけ」という言葉が並んでいます。



付箋が貼られたのはKWL表というバカロレアの教室でよく見られるツールです。
【Know(知っていること)】【Want to Know(知りたいこと)】【Learned(分かったこと)】を共有することで、
学びを深めていきます。


では、なぜこの付箋が書かれたのでしょうか?




※まぬけという言葉は一部差別的な要素を含んでいるというご意見もあるかもしれませんが、
今回は子どもたちに安全やルールを考えてもらう変化球とご理解ください。


・「おっとあぶない」 マンロー・リーフ 作 ISBN978-4-89432-308-7

★表紙



★ふろばまぬけ






ここには、いろいろなまぬけが登場します。


4月も終わろうとしている今、子どもたちは学校生活に慣れてきて(と同時に"狎れて"きて)
安全ではないこと、ルールが守れていないことが増えてきました。

遠足や探究のためのお出かけなど、子どもたちはこれから学校外を訪問する機会が増えます。
さらに電車内でも他のお客様にご迷惑をかけないために、ぜひ自分を振り返ってほしいとの思いから、
ある日、この「おっとあぶない」を取り上げたのでした。

※ちなみにこの本は私が担任するクラスの保護者の方に紹介いただきました。




・「●●しなさい」では動かない子どもたち

「あぶないから廊下を走るな!」「お友だちにちょっかいを出すな!」
こうした言葉を子どもたちに浴びせるのは、教員としても子どもたちとしても、あまり適切ではない気がします。

まずは、「廊下を歩こう!」「お友だちには口で言おう!」と肯定的な言い方を心がけます。

肯定的な言い方と同時に、私が心がけているのは、こんな手法です。

「私も子どものころ、こんな"まぬけ"だったよ」(失敗談の共有)
「私たちは、こんな"まぬけ"になっていないかな?」(同じ目線で考える)
「だから、こうしよう!」(今すべきこと)


こうしたやり方が有効だと考えます。

というのも、親近感を持った状態で、上から目線ではなく、一緒にやろうという姿勢が大切だと考えるからです。
大人になってからも、これは同じなのかもしれません。自分がされたくないことは子どもにもしない、
という思いもここにはあります。



と同時に、命に関わる場面では、「やめなさい」と体を張ることも大切なのは言うまでもありません。


ここまでお読みいただければ、たくさんのまぬけを付箋に書いてくれた1年生の男の子の様子を
イメージいただけたのではないでしょうか。


子どもたちは、「廊下をはしっちゃうまぬけ」「時間をまもれないまぬけ」という風に、
どこか深刻になりすぎない形でルールを再確認してくれています。





ここで、ブログを終わってもよいのですが、"まぬけ"という文字をじっと見ているうちに、
「"間"抜け」に見えて「間」について考えてみたくなりました。


そもそも、「間の悪い人」「漫才の間」など、日本人と"間"はずっと深く関わっているのではないか、と思い立ったのです。


-----------------------------
【まぬけの語源・由来】
まぬけの「間(ま)」は、時間的な間隔の「間」である。
芝居や舞踏、漫才などで「間」は、音や動作の休止の時間的な長短のことを言い、
拍子やテンポの意味にも用いられる。
「間が抜ける」ことは、「拍子抜けする」「調子が崩れる」ことであり、テンポが合わないことを意味した。
転じて、行動に抜かりがある意味となり、さらに愚鈍な人を罵る言葉になった。
http://gogen-allguide.com/ma/manuke.html
-----------------------------


「間」がいい悪いは、教えられるものではなく、どちらかというとセンスなのかもしれません。


会議中や普段の会話の中でもタイミングを誤ったり、相手が話している最中に自分が話してしまうと
「間が悪い」という烙印を押されてしまいますね。


以前読んだビートたけしさんの『間抜けの構造』では、
間が悪くない人は、議論の最中に相手の息継ぎのタイミングを研究しているそうです。

これを読んでからは、子どもたちの授業中の口の動きをなるべく観察して、
何か言いたそうにしている子はいないか、何か思いついた子はいないか、を探していますが
そう簡単にできるものではありませんね。



さらに、「間」について考えていると、世阿弥の「離見(りけん)の見」を思い出します。


-----------------------------
離見の見とは、

自分の姿を左右前後から、よくよく見なければならない。これが「離見の見(りけんのけん)」です。これは、「見所同見(けんじょどうけん)」とも言われます。見所は、観客席のことなので、客席で見ている観客の目で自分をみなさい、ということです。

実際には、自分の姿を自分で見ることはできません。客観的に自分の行動を批判してくれる人を持つなど、ひとりよがりになることを避けるよう、心掛けなければなりません。

ではどうやって、自分を第三者的に見ればいいのか。世阿弥は、「目前心後(もくぜんしんご)」ということばを用いています。「眼は前を見ていても、心は後ろにおいておけ」ということ、すなわち、自分を客観的に、外から見る努力が必要だといっているのです。これは、単に演劇の世界に限ったことではありません。

「後ろ姿を覚えねば、姿の俗なるところをわきまえず」(後姿を見ていないと、その見えない後姿に卑しさがでていることに気付かない)

それではいけない、と世阿弥は言っています。

http://www.the-noh.com/jp/zeami/words.html
-----------------------------

自分と相手と、その状況を遠くから見る"幽体離脱した自分"、この三者がそろわないと
離見の見は成立しませんし、「間」をつかむこともできません。


(※これはまさにバカロレアのコンセプトでいうとperspective(視点・視野)であり、思考スキルでいうとMetacognition(メタ認知)に当たります。)




「まぬけ」という言葉から、何やら「間抜け」に発展し、気づくと世阿弥の「離見の見」に話がいってしまいます。

こうしたことは、私の書くブログにありがちな「話が飛躍するまぬけ」ですね。


読者の皆様もよろしければ、
「おっとあぶない」 マンロー・リーフ 作を使って、お子さんと「まぬけ」についてお話してはいかがでしょうか。


追伸:

私自身のまぬけは他にもたくさんあります。

「話が飛躍する まぬけ」をはじめ、
「熱くなりすぎて周りが見えなくなる まぬけ」
「急いでいると廊下を走ってしまう まぬけ」
「ブログや説明会で、すぐに横文字を使ってしまう まぬけ」

これからも子どもたちと一緒にまぬけを一つでも減らしていこうと思ったのでした。


※今後は、毎週水曜日ではなく、土・日の更新が増える予定です。
引き続き当ブログをよろしくお願いします。