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●開智望小学校 学校だより 9 Concepts based learningとは何か。

教育観
今回は、前回に引き続き、国際バカロレア初等教育プログラムにおける「教科融合型の探究」について説明いたします。
今回は特に、「教科の枠を超えた探究」の、教科の枠を超えるための方法、すなわち、Concepts based thinkingといわれる批判的な思考力についてお話したいと考えます。
ところで、北村の話は難しいとのご批判もあります。すなおに認めます。申し訳ありません。もっぱら当方の能力の問題に淵源するところです。皆様方、もうしばらく我慢してください。

概念とは何か
 まず、「そもそもコンセプツとはいったいなんじゃろかいな。日本語では『概念』のことでしょ。大体『概念』ってなによ。それがわからないのに、『概念に基づく学び』なんて、なんのことかさっぱりわからないわよ。」という声が聞こえてきそうですな。

 普通、「概念」というと、たとえば、「三角形とは、同一直線上にない3点と、それらを結ぶ3つの線分からなる多角形である」とか、「惑星とは、恒星の周りを回る天体のうち、比較的低質量のものである」というように、「対象の概念」です。
 あるいは、「イヌとは、4本足であり、尻尾があり、哺乳類であるタイリクオオカミの亜種である」というのも「概念」です。こう見ると「概念」というものは、個々の犬ではなく犬の集合に対しての抽象的な意味を表しているという点で「普遍的」なものです。
 したがって、「概念」というと、結局、「認識や思考の結果、たどり着くもの、得られるもの」というイメージを持っています。ところが、「Concepts based learning」(概念に基づく学び)などというと、「学びの結果として得られるはずの概念を、最初から用いて考えるなんて、おかしくない?」という疑問が出るのは当然ですね。
 そこで、国際バカロレアの「Concepts based learning」(概念に基づく学び)を多少詳しく説明する必要が生じます。ちょっと話が面倒になりますが、我慢してください。
 端的に言うと、国際バカロレアの「概念」(Concepts)とは、「Eyeglass」、つまり、「メガネ」のことです。「メガネ」、つまり、「フィルターを通して見る」というのが「Concepts based learning」(概念に基づく学び)であり、そのフィルターに当たるのが「概念」というわけですね。
 こういうふうに定義すると、きっと「それって偏見にならないのかしら」とお思いになる向きもいらっしゃると存じます。ところが、少しも「偏見」にはなりません。それどころか、対象の認識を、多角的、かつ、深くするものなんです。かえって、「概念的な学び」を行わない場合のほうが、認識は一面的で浅くなります。したがって、偏見となる可能性が高まるんですぞ。次は、そのことについて説明いたします。
 じつは、1872年よりこのかた、知識習得型の学びになれてきた私たちにとって、最もなじみがなく、最も理解しがたいのが、この「概念」を用いた探究の授業なんです。しかし、「Eyeglass」と考えれば、わかりやすいでしょう。
さて、Making the PYP happenでは、知識習得型の伝統的な学びから生じる「問題」を次のように述べています。
「孤立したバラバラの事実の暗記と、文脈から外れた(細切れの)技術の習得を旨とする教育によって、さまざまな観念の意味や意義を深く理解していく『考える教育』は犠牲になってきた。」
 そして、カリキュラムの基本要素に「概念」が含まれている理由を次のように説明しています。
「明確な意図を持ち、しっかりとした計画の下で進められる探究は、自らの力で意味を見つけ、理解し、重要な考えにもとづいて物事に挑戦していく学習を力強く後押しするものである。・・・それゆえ、PYPには、この探究をサポートする手段として『概念−操作カリキュラム』がある。」
 これは、どういうことかと言いますと、具体的に考えると次のようになります。
 つぎの写真は、ヒマワリの花の写真です。

 

 ただ見ている限りでは、これには何の意味もありません。
 生活科で、「ヒマワリ」の学習をすると、「種子を植えること→発芽→成長→開花」等の知識を得ることができます。また、子どもたちが自ら育てることにより、「愛着」も生じます。これは、これで意義のある学びです。
 しかし、Formという概念を通してみるとどうなるでしょうか。Formとは、「いっさいのものは観察されたり、認識されたり、説明されたり、分類されたりするような、見てわかる特徴や構造がある」ということを捉える「アイグラス」、すなわち、「概念」です。
 では、さっそく「Form」という概念を通して、このヒマワリの花を見てみましょう。すると、一年生でも、種の並び方に規則性があることに気づきます。
色を塗ってみると、次のようになります。



螺旋がフィボナッチ数列(1.1.2.3.5.8.13.・・・)になっていることを発見する場合もあります。
こうした、探究のいくつものトピックを通して、子どもたちは徐々に、世界にはサイクルや規則性があることを認識していきます。すると、こういう「疑問」がわいてきます。「じゃ、ほかのものには、こういう規則性はないのだろうか?」「きっあるはずだよ。」「そういえば、蜂の巣は、ヒマワリの種のように穴が並んでいるよ。」「じゃ調べてみよう」



「あっ、面白いことに気づいたよ。真ん中は、はじめは穴は1個だけだったんだよね。つぎに、それをかこむようにして、6個増えた。」「その次は、12個増えているぞ。」「さらにその次は18個だ。」「あれっ、これって6の倍数だよ。」「面白いな。もっと何かないかな。」「時計にも規則性があるよ。」「もっと調べてみよう。」・・・・・
こういうふうにして、子どもたちは、ヒマワリにとどまらず、自らの力で世界の中にさまざまな意味を見つけ、理解し、そうして得られた重要な考えにもとづいて物事に挑戦していくようになるんですね。そして、さまざまな観念の意味や意義を深く理解していくようになるんです。

なぜ概念的な思考は批判的な思考になるのか
では、なぜこうした「概念−操作カリキュラム」は「批判的な思考力」となるのでしょうか。
「批判的」というと「対象を否定的に見る」というようなニュアンスがあります。そうすると、「まぁ、こわい。うちの子、ものごとを前向きにとらえられなくなってしまうのかしら・・・」なんて懸念が生じたりして・・・・。
しかし、ご心配には及びません。もともと、「批判的」とは、対象をあるがままに受け入れるのではなく、それがなぜそこにあるのか、その構造はどうなっているのか、他とどう関係しているのか、どうやって生成−発展してきたのかをあきらかにするという意味を持っていました。べつに否定するのでもなんでもない。こうやって、多角的に物事を捉えて、与えられたとおりに放っておかない。それが「批判的」ということです。つまり、対象の表面的な理解ではなく、本当にリアルな理解をするということが「批判的」ということなんですな。ですから、初等教育プログラムでは、8つの「概念」を使うんです。
このことをMaking the PYP happenでは、次のように述べています。
「教師は、児童たちと、先行する(既得)知識と、未熟な観念や観念構造(観念の枠組み)と向き合い、発展させることによってリアルな理解を促進することができる。」(この考え方は、明らかにヴィゴツキーの「発達の最近接領域」に基づいていますな。)
「諸概念の探究を繰り返すことは、児童・生徒を、教科的の境界を越える観念の、正しい理解に導く。それぞれの教科領域の重要なことの理解に導くのはもちろんであるが。児童・生徒たちは、広い観点からこれらの概念にアプローチするにつれて、しだいに概念的認識が深まっていく。」
 しかも、「概念−操作」カリキュラムは、知識だけでなくスキルや態度を身に付ける道も開きます。
「探究の学習に『概念』を取り入れることによって行われる教科融合型の単元は、児童にとって理解しやすいとともに、基本となる知識やスキル、態度を身に付けることの可能な学習環境を提供する。」
 次回は、このことをもう少し詳しく説明するつもりです。

8つ概念
最後に、国際バカロレア初等教育プログラムは「概念」を8つ用います。もちろん、私は、べつに8つでなくてもいいと考えています。Essence(本質)、Quantity(数量)、Consequence(結果)、Pattern(様式)、Cycle(循環)、そして、Right(正義)などが入っていてもいいと思います。しかし、それでは、子どもたちにとって多くなりすぎるので、それぞれの「概念」の関連概念(Related concepts)として扱えばいいとも考えます。
 では、8つの「概念」を紹介いたします。
• form    特徴・構造
• function  機能・役割
• causation  原因・理由
• change   変化・発達
• connection  関係・影響
• perspective  見方・観点
• responsibility 責任・主体
• reflection.   反省・振り返り・メタ認知・相関的なもの同士の内的関係

 これらの「概念」は、初等教育プログラムでは、バラバラに扱われます。それは、初等教育では、ひとつひとつの意義と使い方を理解し、使えることができるようにしておいて、いずれ、ディプロマ・プログラムで、対象の概念(これは、文字どおり対象の本質や構造の定義のことです)を理解するときに備えようということでしょうな。
 これらの「概念」のうち、2つか3つを、それぞれの探究の単元で用い、一年間で8つを全部用いるという計画になっています。そうすると、なんで、一つの単元で8つ全部用いないのかという疑問が生じるかと存じます。これは、実際に探究の単元をやってみればわかることですが、子どもたちには、8つ全部を使って考えることはできません。いくら多くても4つが限界です。そういうわけで、これらの概念のうち、2つか3つを選び、それぞれの探究の単元で用いることになっているんですな。初等教育のうちに、こうした概念的思考を十分経験し、将来に備えようというのが、PYPの目的です。
 ここのところが大変大事なことですが、これらの「概念」は、これからの探究の単元でも、教科の授業でも、フィールドワークでも、いたるところで頻繁に使うことになります。また、「評価」(つまり成績ですな)に於いても、もっともウエイトの大きいファクターとなるのですよ。その理由は、もうお分かりですよね。多少、計算間違いがあってもいいし、漢字のテストで、間違っていてもいい。そういうことよりも、なにより大切なもの、なにより子どもたちに身につけてほしいのが、この「Concept(概念)」による思考なんです。
 去る6月18日、「開智日本橋学園」で、ハーバード大学に留学している学生たちと話をする機会を得ました。彼らは、たいへん「概念的思考」に熟達していました。そういう能力を身につけた人たちが未来の世界を背負ってたつんでしょうね。

つぎに、「概念」を用いた学びは、実際はどう使われているかについてですが、今日、公開授業で具体的な姿をご覧になっただろうと存じます。詳細は、次回に説明いたします。