●学校だより 10 概念とスキルを用いた探究の実際

今回は、前回予告いたしました、「概念」や「スキル」を用いた学びが実際はどう行われているかについて、実例を用いて説明いたします。
つぎの画像は、二年生の探究で用いたものです。

飯縄山1917mの雪形



二年生の第一回の探究の教科の枠を超えたテーマは、「Where we are in place and time」(私たちと、過去や未来、世界との関係の探究)でした。このテーマを二年生に合わせて具体化したものが、セントラル・アイデアの「ランドマークには人々をつなぐ力がある」です。
 こう書くと、「それにいったいどんな意義があるんですか?」という疑問をもたれる方もいらっしゃるかと存じます。そこで、ちょっと回り道をして、このテーマやセントラル・アイデアの意義から考えて見ましょう。

教科融合型テーマとセントラル・アイデアの意義
 皆さんは、「ランドマーク」というと、どんなものをイメージなさるでしょうかな。

「スカイ・ツリー」や「東京タワー」をイメージなさる方もいらっしゃるでしょう。私は、長野市の出身なので「飯綱山の種まき爺さん」をイメージしますし、京都に長くいたので「東寺五重塔大文字焼き」をイメージします。

 さて、「今」という観点からのみ考えると、これらには、観光の名所程度の意味しか持っていません。
しかし、歴史を知ると、「飯綱山の種まき爺さん」の背後にある、善光寺平の昔の農民の新田開発と米作り、「姥捨て山」の伝説にまつわる農民のくるしい生活、大名からの厳しい年貢の取立てなどの大変な生活が見えてきます。さらに、それらから、農民の気持ちや願いも推測することができます。

「もっと豊かになりたい」、「今年こそたくさんの収穫を得たい」、「幸せになりたい」、こうした願いや夢を持っていた江戸時代の善光寺平の人々は、飯縄山の雪形を、「種まき爺さん」に見立てて、夢をつないだのでしょうね。それが、長野盆地の人々にとっていつの間にか「ランドマーク」になり、それを見るたびに、収穫を願って手を合わせるようになったのでしょう。「種まき爺さん」には、こうした善光寺平の多くの人々の共通の願いがこめられており、そうしたものとして、この地方の人々の心をつないでいます。


ランドマークの探究を通して、その地方の過去の人々の生活や気持ち・願いを知り、今の私たちが、どのようにして今のようになったのかに知的好奇心を持ち、探究し、理解する。また、他の地方、たとえば、広島の「原爆ドーム」、青森の「津軽富士」の探究を通して、他の地方の人々の歴史や願いや生活を理解する。

さらに、エッフェル塔自由の女神、アフリカのセネガルにある「アフリカ・ルネサンス像」などの背後にある歴史と人々の願いを理解する、というのが、この探究のインプット面であり、それらを踏まえて、守谷・つくばみらいの歴史や人々の願いと世界の人々へのメッセージをこめた「ランドマーク」を構想してみようじゃないか、それにより、世界の中における自分たちの意義、過去―未来の間に生きている自分たちの意義の一端を認識しようじゃないかと、というのがこの探究の目的でした。

概念とスキルを用いた探究の実際
前置きが長くなりました。本題に入ります。
まず、子どもたちと、次のことについて考えました。Form(何に似ているか)です。
下の図が、ワークシートです。

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なににみえるか(絵で




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なににみえるか(言葉で)




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 恐竜に興味のある子は「ワニに見える」、昆虫に興味のある子は、「頭に花をつけたカブトムシ」、自動車の好きな子は「パトカーだ!」と言いました。
 「それって、パースペクティブっていうんだよ。『興味や関心が違うと、見え方も違ってくる』ということなんだ。だから、恐竜の好きな子は、ワニに見え、自動車の好きな子にはパトカーに見えたんだよ。」


 「じゃ、この地方の昔の人々には、なんに見えたんだろう。どう探究すればいいんだろう?
雪形と人々とはどんなかかわりがあったのだろう。それを探究してみよう。」このように「概念」は「疑問出し」という形で用いられます。
 これから、「Connection」(関係・作用)や「Function」(役割・働き)という概念(アイグラス)から見ていくことになります。
 そこで、次のような疑問が出されました。


「雪形が見えるところでは、むかしからどんな仕事をしてきたのだろう?」

「調べるにはどうしたらいいのだろうか?」

「昔話を調べてみよう。」

 ということで、「まんが日本昔話」の北信のものを見ることにしました。





 
 山の斜面に小さな棚田をたくさん作って米作りをしていた話です。





 
 ご存知、「姥捨て山」ですが、助けられた姥は、大名の押し付ける難題を切り抜ける智恵を授けてくれます。

 さて、これらを見た後、グループごとにディスカッションをしました。考えたことやわかったことをポストイットに書き、模造紙に張り出しながら、議論していきます。


「どんなことがわかったのだろう?」
「お米を作っていたんだよ。」「田んぼを作っていたんだよ。」「りんごも作っていた。」「昔は、りんごは作っていなかったと思うよ。」「お酒も造っていたよ。」「お酒は米から造るんだよ。」「そばを作っていた。」「水を作っていた。」「水は、自然のものだよ、作るものじゃないよ。」・・・・

「殿様にいじめられていた。」「くるしい生活だった。」「まずしかったんだよ。」
こういうプロセスを通して、子どもたちは、大事な知識とリサーチ・スキルの中の「資料の解釈」(Interpreting date)というスキルを獲得していきます。

「なんか、ごちゃごちゃしているな。作っていたものと、暮らしとを分けてみようよ。」








 ここでは、「資料の体系化」(Organizing date)を行っています。
こうして、「長野盆地では、昔は、田を作り、米作りをしていた。田を作れないところではソバを作っていた。」「生活は、貧しく、くるしかった。殿様に米を取り上げられていた」というように大事な知識が見事に整理されました。

 ここで本題とはちょっとそれるのですが、大変面白い疑問が出されました。

「お米作りの仕事はつらいだろうね。」

「いや、お米を作るんだから、楽しいはずだよ。」

「仕事って、楽しいものなの、それとも苦しいものなの?」
この疑問は、人間の本質に迫る問題です。

「どういうときに仕事は楽しくて、どういうときに仕事は苦しいんだろう?」

「ものを作るのは、自分で考えてやることだから、楽しいんだよ。」「でも、誰かに無理やりやらされると、苦しくなるんだよ。」「自分で考えてやるんじゃない仕事は、苦しくなるんだよ。」

 二年生でもこういうことを考えることができるんですな。私は感動しました。探究活動における「資料の体系化」の副産物です。

「発達の最近接領域」で
 さて、「探究」はここからすこし難しくなります。なぜなら、まだわかっていないことを考えなければならないからです。大人から見ればほんのちょっとのことなんですが、二年生の子どもたちにとっては大変なことです。

「じゃ、ここからはみんなで真剣に考えないといかんぞ。今わかったことから、長野盆地に暮らしていた昔の人の気持ちや願いを考えてみよう。」
 ここから、「最近接領域」で頭を使うことになります。「発達の最近接領域」というのは、「子どもたちの既得の知識やスキルに隣接していて、独力では解決することはできないけれど、教師や仲間との相互作用により、既得の知識やスキルを用いて解決できる領域」と定義できるでしょうかな。最も効果的に思考力が発達するところです。

 長く続いてきた知識習得型の学びにどっぷりと浸かっていると、これがうまくできなくなります。ここ一番、みんなで、ディスカッションしていけば解決でき、しかも、思考力が高まるのに、それをスルッと逃れて、単なる調べ学習で、簡単に解答を見つけ満足してしまうんです。そうすると、今後、彼らが直面するであろう「正解のない問題」に立ち向かっていくことはできなくなってしまいます。
 しかし、それはさておき、子どもたちは、ディスカッションを始めました。



 「もっと豊かになりたい。」「殿様にお米を奪われたくない」「もっと田んぼを増やしたい。」「もっとご飯が食べたい。」・・・・・

 グループでディスカッションした結果、こんなことを子どもたち自身が考えました。

 さて、次は、一番初めの「この地方の昔の人々には、なんに見えたんだろう」という問題に戻ってきます。こんどは、子どもたちは、この地方の昔の人々の仕事、暮らし、気持ち、願いについてすでにわかっています。これが、先行知識となります。

 最近接領域の思考は、必ずしもスムーズにはすすみません。先行知識を用いずに、自分の観点から考えてしまう子どもたち。しかし、グループワークの力は、大変面白いもので、「ちがうよ、今わかったことから考えるんだよ。」など、相互批判が行われます。

 こうして、あるグループは、「馬だよ。今年も春になったから米作りをがんばろうという気持ちがこめられている。」、あるグループは、「田だよ。お米をいっぱい作って豊かになりたいという願いがこもっているんだよ。」、さらに別のグループは、「逃げていく人だよ。殿様にお米をとられちゃうから、逃げるんだよ。」というように、協力し合って、先行知識を用いて問題を解決しました。そして、ランドマークを「Connection」(関係・作用)から見て、人々との関係を認識し、「Function」(役割・働き)から見て、ランドマークの持つ人々の願いをつなぐ役割を理解しました。

 さらに、「長野盆地から見える飯綱山の雪形は、人々の願いを結んでいるんだ」という大変大事な認識に到達しました。こうして、少しずつ、セントラル・アイデアや教科の枠を超えたテーマの「Where we are in place and time」(私たちと、過去や未来、世界との関係の探究)に迫っていっています。

探究は「旅」、思考は「まわり道」
 ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」のように、子どもたちは、「旅をして」、つまり、さまざまな問題に取り組み、もとのところに戻ってきました。しかし、その旅により、もとのところは、こどもたちにとって、いまや新しい意味を持っています。探究とはそういうものであり、思考というものは常に「まわり道」ですな。
 実は、この探究は、最後に「守谷のランドマークを構想する」という目標に到達するわけですが、それはまた、次回に紹介いたします。