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●あなたのお子さんは、「”わかった”の第一段階」で安心していませんか?

教育観

●あなたのお子さんは、「”わかった”の第一段階」で安心していませんか?〜マスタリー(熟達)をめぐる3つの学説


こんにちは、開智望小学校広報担当の野口です。
いつも開智望ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、毎回開智望小学校の教育について紹介しております。

前回の記事は多くの方にお読みいただき、反響が大きかったのでとても嬉しかったです。

【コラム】国際感覚と移動距離は比例する

kaichinozomi.hatenablog.com



もう少しで2学期が始まりますが、子どもたちとの再会が楽しみでなりません。

・突然トンネルを抜けて、一気に視界が開ける。

 あなたにもきっとこんな経験があるはずです。
 中学校の英語の時間に突然”わかった”となる瞬間がある。数学の問題を解いていて、見えない補助線が一瞬で見える。
 社会人になってからもお客さんの顔を見た瞬間「売れる!」と確信する。

このような瞬間を今回は「”わかった”の第一段階」と定義したいと思います。
できなかったことが突然できるようになり、バラバラだったピースから一枚のパズルが完成するような感覚です。

小学校の授業では、子どもたちが”わかった”顔を時折見せますが、
この顔を見るために授業をしているといっても過言ではありません。

算数の問題を解いていて、式を読んだ瞬間に頭の中に答えが浮かぶ。
お友だちとあやとりをしていて、瞬時に作品が作れる。

こうした経験を積み重ねて子どもたちは成長していくのですね。



この図ではSR理論を紹介しています。(マスタリーをめぐる学説(1))

SR理論は、刺激(S)と反応(R)の理論であり、有名なパブロフの犬というお話です。
ベルを鳴らしてから、エサをあげることを繰り返していると、やがて犬はベルを鳴らしただけで、
よだれをたらすようになります。

今の学校教育では、だいぶなくなってきているとは思いますが、未だにSR理論は潜在的に教育に大きな影響を与えています。

続いて、アヒル曲線理論です。(マスタリーをめぐる学説(2))



投入資源量と効果・成果の関係です。

投入資源量とは難しい言い方ですね。これは「ヒト、モノ、カネ、時間」のことです。
当然、たくさん「ヒト、モノ、カネ、時間」をかければ効果・成果は出るのですが、資源を3割カットすれば、効果・成果はほぼゼロになってしまいます。

この理論が潜在的に示していることは他にもあります。

1)効果・成果が出るまでは、時間がかかる
2)いろいろなものを同時に進行し、投入資源量を減らすと効果・成果が出にくくなる。

つまり、ピアノも英語もそろばんも、サッカーもと、たくさんの習い事をしているお子さんたちに、
この理論は示唆を与えているのかもしれません。

(小話:この本の著者である三谷宏治さんは、私の前職の上司の知り合いであり、多くの教育本を書かれているので、一度手にとっていただければと思います。)

この2つの理論を通り抜けると
子どもは”わかった”となるのです。

つまり、
反復と、継続学習(投入資源量の確保)です。

しかし、あなたにもこんな経験があるはずです。

小さい時、プールでは泳げたのに、海では上手に泳げない・・・
大人になってから、自動車の免許を取ったのに、慣れた道しか運転できない。
国道16号などの幹線道路で複数車線あると、車線変更ができない。(ウチの母親の実例)
高速道路は怖いから運転できない。

こうしたことです。

なぜ、こうしたことが起きてしまうのでしょうか。

・「”わかった”の第一段階」では足りない。

実は、SR理論やアヒル曲線理論では、本当のマスタリー(熟達)が果たせません。
要するに、”わかった”と思っていたはずが、実は浅く狭い理解・習得であり、本当にわかってはいなかったのです。

プロゲーマーの梅原大吾さんは、『勝負論 ウメハラの流儀』の中でこんな図を紹介しています。



真ん中の上向きの2本の↑が上達を表わしています。
しかし、まっすぐに伸びた直線はある範囲でしか応用できないというのです。

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「ふと見ると、僕よりずっとスムーズに、直線的に基礎固めを終えたはずの人が、
この段階に至って足踏みを始め、脱落してしまうこともある。」

「汗をかき、恥をかきながら得てきた知識と経験が、実はその後の余裕、手数、発想法の豊かさにつながります。」


『勝負論 ウメハラの流儀』より
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この図を私は勝手にウメハラ理論と呼びたいと思います。(マスタリーをめぐる学説(3))

突然広がる所は、先ほどの例でいうと”海”であったり、”慣れない道””高速道路”です。
ワンピースのマンガで例えると「グランドライン」でしょうか。

この大海原が社会であり、子どもたちが将来生きていく場所ですね。
この大海原で、順調だった人が脱落していくようです。

梅原さんは、途中で挫折しながら、本当の理解をしていき、大海原でも”勝ち続ける”ことができるのです。



この図にあるように、わかったの第一段階では、分析や選別、課題の定式化ができていません。
また、突然難しい言葉が出てきましたが、この用語はルビンシュテインという心理学者の用語です。
(小話。ルビンシュテインはヴィゴツキーと並んで国際バカロレアの探究学習の土台となる理論を訴えています。)

「分析」
この海はどうなっているのかな?
慣れていない道は、知っている道とどう違うのかな?天気は?時間帯は?人通りは?

こうして、その場面を把握していきます。
「選別」
<所与のもの>前提となって与えられているものは何か。
<未知のもの>何が今わからないのか。
<既知のもの>何を知っているのか。

「課題の定式化」
分析と選別で得られた結果、課題が明確になります。
(参考:ルビンシュテインによると「課題」とは、問題事態のあらかじめ成された分析の結果に他ならない。『思考心理学』より)

こうしたプロセスがあって、はじめて、
使えるものを応用し、課題を解決できるのです。

・続きはまた次回に・・・

毎度のことですが、長文になってしまいましたので続きは次回に持ち越したいと思います。

今回のブログで言いたかったことは、

<1>わかったの段階にはニ段階あり、一段階で“わかったつもり”になることは不十分である。
(大海原では太刀打ちできませんよ、そこのきみ!<私のクラスの子も心配です。>)
<2>実は、今回は詳細に述べられませんでしたが、わかったの第一段階を目指したのが20世紀までの大学受験を中心とした知識詰め込み教育であり、わかったの第二段階を目指すのが21世紀の大学受験を含めた生涯学習の基本方針だと思います。

次回は、どうすれば小学校で第二段階のわかったを実現できるのか?について書きたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。