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【コーディネーター便り】大村先生の教え

 

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開智学園の名誉学園長の大村智先生がノーベル医学生理学賞を受賞しました。そのことをこの稿に書こうと勇んでいました。ところが、・・・・

理事長から話をうかがえばうかがうほど、大村智先生の人柄の大きさと研究者としての偉大さに圧倒され、とても私には、この稿を書くことなど出来ないな、と思ってしまいました。しかし、やはり書きたいという思いを抑えきれず、僭越ながらほんのちょっとだけ書かせていただきます。

今年は、アインシュタインが、「一般相対性理論」を発表してから100年になります。アインシュタインの偉業は、いくつもの選考する研究成果によって支えられていました。マックスウェルの電磁波についての理論、電磁波の伝播速度についてのヘルツの実験成果、マイケルソンとモーリーのエーテルについての実験結果、ポアンカレやマッハのニュートン力学に対する批判等々です。しかし、ですぞ。これだけの条件がそろっていれば、だれでも「相対性理論」を創造することが出来るでしょうか。「アインシュタインでなくとも、他の誰かが、それを創りだした」という人もいますが、私はそうは思いません。世に学者といわれる人は山のようにおり、そのほとんどが大学や研究機関に所属して、莫大な予算を与えられて研究しています。しかし、その反面、さまざまな権威や学会の常識から自由ではないでしょうね。

ところが、アインシュタインは、大学や研究機関には、所属しておらず、ベルンの特許局の役人をしていました。その仕事の傍ら、好きな物理学の専念していました。研究者としてはけっして恵まれていたわけではありません。しかし、そこには権威や痛切ものからの自由がありました。既存の理論に対し、何ものにもとらわれず自由に批判することが出来ました。でなかったとしたら、「光の速度は、動いているものから見ても、とまっているものから見ても同じである」などという理論などでてきようがありません。

大村先生のすごさは、この辺りにあります。大村先生自身は、権威ある研究機関に属していたわけではなく、研究費でさえ、自分自身でさまざまな企業から都合してきました。だからこそ、独創的な研究をなさることが出来たのでしょう。「探究」には、一方で、いままで人類が積み上げてきた実体や本質や法則についての知識が絶対に必要です。しかし、それに完全にとらわれてしまったならば、対象の本質や、いままでの知識と矛盾する現象を説明できる法則や本質を捉えることはできません。自由であること、考え行動する主体であることは、探究にとって不可欠な条件です。それを、身をもってお示しになったのが大村先生なのだということに、私は初めて気づきました。

教育というものの本質を洞察なさっていたのですね。私たちがいま実践しようという教育の、大本を先生がお示しになったんです。学習者が主体的に、自由に考えることを出来るようになるということが、教育の本質なのですね。

大村先生、本当におめでとうございます。