●書けない大人と書ける小学1年生の話~一番大切なのは「立問(formulating key questions)」

こんにちは、開智望小学校広報担当の野口です。
いつも開智望ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、毎回開智望小学校の教育について紹介しております。

 

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・1年生は虫取りに夢中です。

 

これらの写真から存分に見て取れるように、子どもたちは校舎の裏に広がる広大な草原(?)でトノサマバッタやトンボを夢中で追いかけています。

 

画面ばかり見がちな現代の大人たちとくらべてとても健全というかたくましいですね。

 

・書けない大人たち

 

会社では、提案書や企画書が書けない。

そういえば、就職活動では、エントリーシートが書けなかった。

大学では、卒論が書けない。

大学入試では、小論文が書けなかった。

 

会社以外でも、ブログを始めたのに続かない。

 

ふとまわりを見渡すと書けない大人が溢れていますね。

 

何を隠そう私自身も書けない大人予備軍であることには変わりません。

 

書く人が一番恐れるのは、書けないことですね。

 

週刊誌に掲載を持つ漫画家だろうが、

〆切に追われる小説家だろうが、

書けないものは書けないでしょう。

 

私も毎週開智望小学校の教育内容を読者の皆様にお伝えしようと意気込んでいますが、

ネタが思い浮かばないことも多々あります。

 

もしあなたが書ける大人であるならば、どうすれば書けるようになるのかを是非ご教示願いたいと思います。

 

・書けない理由

 

1)そもそもネタを思いつかない

2)思いついたネタが自分で面白いと思えない

3)書いている途中で、手が止まる

4)トラウマが再発する

 

他にもあると思いますが、こんな4点が書けない理由として思いつきます。

 

1)そもそもネタを思いつかない

これは圧倒的なインプット不足ですね。私の場合は子どもの写真をたくさん撮っている週、そして読書量が不足していない週はすぐにブログや学級通信を書くことができます。

 

そうでない時は、なかなかネタが思いつかないものです。

 

2)思いついたネタが自分で面白いと思えない

<これ誰かが言っていることだな>こうした内なる声が聞こえてくると一気に書けなくなりますね。

 

3)書いている途中で、手が止まる

 

または<一般的なことしか言っていない>こう気づく時もなんだか手が止まってしまうものです。

 

4)トラウマが再発する

一生懸命書いた作文が先生や親にダメだしされた。

一生懸命書いたブログの誤字脱字を最初に同僚に指摘された。

一生懸命書いたブログを上司に「つまらない」と言われた。

 

こうしたトラウマが再発すると一気に書けなくなりますね。

 

では、ここで「書ける小学1年生」に力を借りたいと思います。

 

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この子は私のクラスの子ですが、とにかく書けます

 

国語の宿題の自由作文とは別に、自分で書きたいと言って原稿用紙を持ち帰ります。

 

・この子が"書ける"理由

 

1)好奇心旺盛+前向き

いつも元気で明るく、何にでも興味を持ちます。

そして、話し合いでは真剣に皆の話を聴き、自分の意見をしっかり言います。

 

2)自分の言葉を使う

「言葉を奪われることは人生を奪われることだ」

最近読んだ本で出会った一節ですが、私自身ついつい他人の言葉を自分の言葉のように使ってしまうことがあります。

 

少し前まではビジネス書や社会的に権威のある人の意見を自分の意見として周囲の人に語っていました。

最近でも国際バカロレアの用語を権威のように振りかざしているのかもしれません。

 

この子は、工場で働く人のことを「こうじょうの女」と表現しました。

 

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思わず爆笑してしまいましたが、こうした些細な言葉の使い方にも本人らしさが隠れているのではないでしょうか。

 

3)立問力(formulating key questions)

 

ここが一番大切な所だと私は思います。

 

上記の作文を読み返しても「自ら問いを立てている(立問)」ということがお分かりになるのではないでしょうか。

 

小論文も小説も漫画もタイトルが決まれば世界観が決まり、内容が見えてきます。

タイトルとは、自分なりの視点であり、言い換えると自分なりの問いといえるのかもしれません。

 

今までの教育では、問いは一方的に与えられるものでした。

しかし、人から与えられた問いの答えはいつも他者が持っています。

 

それは、「いい大学に行くにはどうしたらいいのか?」である場合、

「こうしたらいい」が答えになります。

 

しかし、「自分にとっていい大学とは何か。」を考える第一歩が立問です。

 

・最後に

 

あなたは最近何かよい問いを立てましたか?