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【コーディネーター便り】宇宙の探究 その2

宇宙の探究 その2

 前回は、子どもたち自身が、権威に頼らず自ら根拠を見出すことと、考えることの前提をしっかりと据えてそこから考えなければならないことや、探究というのは自分自身の考え方を根本から考え直すことでもあるなど、アリストテレスを例に挙げて考えてみました。こういう点は、さすがに大哲学者で「万学の父」たるアリストテレスですな。結果的に天動説を採ったといえども、その探究的な態度や方法には教えられることがたくさんあります。

 しかし、アリストテレスは結局、自分の思考の前提から天動説を採ることになり、さらに、自分の権威等から身動きが取れなくなった観がありましたな。

アリスタルコスは「勇気の人」というより「好奇心の人」・・・見方を変える

地動説を唱えたアリスタルコスもたいしたもんですナ。その探究的な方法や態度には、たいへん学ぶことが多いですぞ。私は、多少暇ができたら、彼のことをゆっくり調べてみようかとも思っております。

彼は、当然アリストテレスのことを知っておったでしょうな。もちろん当時は、アリストテレスはすでに没しておったでしょうが、リュケイオンは弟子たちに引き継がれ、ギリシアの俊英たちの学ぶ場ともなっておりました。いわば「東大」みたいなもんです。アリスタルコスはサモスの人ですから、アテネからそう遠くはなかったんです。当然アリスタルコスはアリストテレスもその学説もよく知っていたはずです。

ところで、アリスタルコスが、アリストテレスのようないわば「学界の権威」に逆らうような「地動説」を提唱したのは、おそらく「惑星の逆行」に強い疑問と関心を抱いたからではないでしょうか。きっと「勇気の人」というより「好奇心の人」だったんでしょうな。

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この「逆行」は、「天動説」は説明が付きません。おそらくアリスタルコスも何とか天動説と折り合いをつけようと試行錯誤・四苦八苦したのではないでしょうか。しかし、こういう苦労をしていると、たいへん誠実で、しかも、論理的、さらに、ちょっとへそ曲がりな人間の場合、さらにこの問題を追究したくなるもんです。望小の児童にもこういうタイプの個人は、こりゃ、たくさんおりますぞ。アリスタルコスもそうだったんでしょう。そこで、思い切って「見方」を変えたんでしょうな。自分を中心にした観点から、対象に即して考えるという観点にと。あるいは「Form」から「Causation」や「Connection」へと。すると、今まで見えなかったことが見えてきたのでしょう。

 アリスタルコスは月の満ち欠けから、三角形の内角の定理を使って、地球と月と太陽の大きさの比を求めてしまったんですな。・・・・現象から本質への認識の深化です。月と太陽は見かけの大きさはほぼ同じくらいで、腕を伸ばして持った五円玉の穴の大きさとほぼ等しいんですナ。しかし、そのような見かけの大きさは「仮象」ちゅうやつであって、本当の大きさは「月:太陽=1:19」であると考えたんです。本当はほぼ1:400ですが、当時の状況を考えると、これはたいしたもんですぞ。直接捉えることのできない「本質」にまで認識が深化したんですから。そして、「太陽は地球よりも大きいぞ。大きいものが小さいものの周りを回るということは考えられないな。ということは、地球が太陽の周りを回っとるにちがいないぞ。」と結論を出したんです。

すると、「地球も火星も太陽の周りを回っている」「火星は地球の外側を回っている」、そう考える。そうすると「惑星の逆行」のなぞも解けるんです。

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 しかし、アリスタルコスがこういうことを考えることができたのは、単に彼の知的好奇心にのみ帰することは出来ませんでしょうナ。彼の持っていた「先行知識」も大いに役立っています。いや、むしろ「先行知識」がなかったら、このような疑問も出てこなかったでしょうし、解決の方法を考えつくこともなかったでしょうナ。

探究のタネはどこにでもある。やればやるほど高まる探究心

私は、このアリスタルコスの物語(私が勝手に作ったものですが)は、アインシュタイン相対性理論の発見にも、大村 智先生の研究態度にもいろんな意味で通底していると思っております。

 

また、宇宙の探究は、ニュートリノ等の量子力学との関係が深くなってきていますが、そういう本を読むたびに、私たち人間の認識能力の探究とも深く深く関係していることを確信してしまいます。面白いもんですな。

 

今年は「閏秒」の年でした。太陽と月の引力は、海水に作用して「潮の干満」を引き起こしますが、さらに「潮の干満」は、地球の自転に影響を及ぼし、私たち人間の生活にも「閏秒」として影響してきます。さらに、量子力学の探究は、我々の宇宙に対してパラレルな宇宙の存在も予言しています。もし、そういうものが実在するということになれは、今、私がこの原稿を書きながら、シャックリをしたことは、パラレルな宇宙の「私」に何らかの影響を与えたに違いありません。

 

閑話休題。「知りたい」という強い欲求は、宇宙の神秘の扉をこじ開け、翻って認識能力をはじめとする私たち自身の本質の探究にもつながっていくでしょう。そう思って、児童たちを見ていると、「ねえ、重さと質量ってどう違うの?」と黄色い声を上げながら一年生が教師を追っかけまわしていました。こういう疑問は、「重さ」というものや重さの単位を知っているからこそ出てくる疑問です。しかし、考える機会と習慣とを与えられていないと出てくることのない疑問でもあります。彼らはこうした探究を通してさらに知識を獲得し、考える力を高め、さまざまなスキルを獲得し、たいへん強い知的好奇心の質も高めていくのでしょうね。そうなると、きっと宇宙についての好奇心も質的に変容していき、いつかきっと、そう遠くない時期に、世界観や哲学の探究に繋がっていくのでしょうな。