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【コーディネーター便り】探究型の算数をどのように進めるのか?

(1月16日の説明会でお話した内容です。)

 

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AグループもBグループも、②と③で、どちらにするか迷っています。

「さて、どうするかな」と思い、話し合いの様子を見ていると、三つのグループとも、どうも同じ仮説に向かっているようです。

Aグループ 「方眼紙に四角形を描いてみようよ。」

      「そうかれば、それぞれの四角形の中に方眼のマスがいくつあるか数えれば説明できる。」

Bグループ 「1センチ四方の同じ大きさの正方形をいっぱい作って、それぞれの四角形のなかに入れていってみようよ。」

      「そうすれば、わかるよね。」

Aグループ 「②は、マス目が24こだよ。」

      「③は、マス目が25こだよ。」

      「③のほうが大きい。それは、1センチ四方のマス目が②よりも1マス多いからです。」

Bグループも同じ内容のことを話しています。

Cグループが、面白いことを発見しました。

      「ねえ、それぞれの四角形の中に入るマス目の数は、四角形のヨコとタテを書けた数と同じだよ。

      「あ、ほんとだ。なんでそうなるんだろう。」・・・・・・

 

探究型の算数は、このように、直接与えられた事象からスタートして分析し、直接は目に見えない、いわば「本質」を認識していく学びです。この学びの目的は、知識を獲得することだけではありません。それ以上に重要な目的は、分析したり一般化したり、逆に総合したり、一般から特殊を説明したり、さらには、その過程で既得の知識の中から必要な知識を手繰り寄せたりして、対象の認識と理解を深める「思考力」を獲得し伸ばすことです。実際にこういう過程を経なければ、「分析」や「既得知識」の取り出しと活用・変形という作業は行われませんので、「思考力」は十分に獲得されません。

 

 これに対して、「内容の伝達―習得を目的」とする学びはどのように行われているでしょうか。これは、おおむね集団授業の形で行われます。

 

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教師 「みなさん。黒板に描いてある四角形を見てください。なにか、気づきませんか?」

児童A「どの角も直角です。」

児童B「どの辺も同じ長さです。」

教師 「はい、そうですね。よくわかりましたね。どの角も直角で、どの辺も同じ長さの四角形を、『正方形』といいます。では、長方形と正方形は、どこが同じでしょうか?」

生徒C「全ての角が直角だというところが同じです。」

教師 「はい、そうですね。よくわかりましたね。では、長方形と正方形は、どこが違いますか?」

生徒D「正方形は、全ての辺の長さが同じですが、長方形は向かい合っている辺の長さが同じです。」

教師 「はい、そうですね。よくわかりましたね。では、皆さんに渡したプリントの図形の中から、正方形と長方形を見つけてください。」

 

これが、「内容の伝達―習得を目的とする学び」です。この学びは、ある意味ではたいへん重要な役割を果たしています。それは、次のような意味です。

  • 知識を体系的に獲得することができる。
  • 過不足なく必要な知識やスキルを習得できる。
  • 基礎的な知識から高度な知識まで段階的に順を追って習得できる。

 この「内容の伝達―習得を目的とする教育」の目標と内容を体系化したものが「学習指導要領」です。この学びをたいへん合理的に、しかも、児童の知的好奇心を引き出しながら行うと、たいへん高い学力を獲得できることはいうまでもありません。

 日本の教育は、教育の先進国といってもいい、オランダからたいへん高い評価を得ています。それは、高学力を獲得の源となっていることです。

 ちなみに、現在オランダの教育の中に広まっているのは、イエナ・システムというものですが、これは「異学年」を根幹とし、会話、遊び、作業(学習)、催しと教科の枠を超えたテーマの探究を行いますので、開智望の教育とよく似ていますが、大きな違いは、教科の時間割がないというところです。開智望は、このオランダのいいところは取り入れているのですが、オランダでは弱い教科の学びを、教科の授業として指導要領に基づき、体系的に行っていきます。

 

さて、もう一度、「探究の学び」と「内容の伝達―習得を目的とする教育」とを対照してみましょう。すると、「内容の伝達―習得を目的とする教育」は確かに、体系的に知識を習得できるというすばらしいメリットがありますが、「探究の学び」のように、「分析」や「一般化」「総合」といった「思考」とそれによる認識の深まりがありません。そのため、たとえば、「時刻」と「時間」とがごっちゃになったり、「時間」という概念に対する知的好奇心を高めることができなかったりしてしまいます。

低学年でよくあることですが、「円」は「中心からすべて等距離にある線」と考えるのではなく、「丸い」、「回転する」、「おぼん」、「ボール」、といった知識と本質とが同一のレベルに並べられてしまうという珍事態の出来します。

 その点で、たいへん優れているのが「探究型の学び」です。「探究型の算数の学び」では、もちろん新しい知識の獲得を行いますが、しかし、それで終わってしまうのではなく、分析力や一般化の能力、総合力、論理性など「思考力」の最も基本的な諸要素を獲得し発展させます。

 正月に、DVDで「天地明察」を見ました。和算の天才、関孝和が脇役で出ていました。彼の、修行時代、師の高原吉種のところに、雨樋の職人が尋ねてきて、幅一尺の金属板を曲線になるように曲げて雨樋を作りたいが、なるべくたくさん流れるようにするにはどう曲げればいいかを教えてほしいと頼みました。師は、頭を抱えてしまいました。

 

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見ていた関孝和は、三角形の∠アイウが直角になるようにすれば、面積が最大になることを発見しました。そうすると、二つの弧の面積は変わらないが、三角形の部分の面積は大きくなります。ですから、中の三角形の∠アイウが、どこでも直角になるようにすれば、面積が最大になるでしょう。そのような断面は「半円」です。こう考えたんです。

 これって、よく考えてみると、現在では中三の数学で学ぶ「円周角の定理と中心角」ですよね。普通の教え方は、まず、円を描いて、その中に、内接し、円周の一点で交わる二本の直線を描き、さらに、円の中心から、・・・・とやっていって、教師が「内角の定理」や「外角の定理」、「二等辺三角形の性質」等を用いて証明してみせるというやり方です。

 

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アッ、私たちも、もちろんこういうプリントはやらせますよ。獲得した学力は、反復することによって、より確実なものになるし、難しい問題に挑戦することによって発達していくのですから。おおくの学校ではこういうことをやっているんです。

 

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しかし、これだけだと、分析力や総合力や論理性などの「思考力」の基本的な要素を獲得しのばすことには難しい。しかし、それも無理はない。だって、小学校の低学年のころから、分析だの総合だの、コンセプツを使って見方を変えてみるだの、やってきていませんから。

 

 探究型の学びでは、教師が「Form」という概念から、補助線を引かせたり、Connectionという概念から三角形同士を関係付けたりさせます。これ自体が分析や総合になりますので、小学校のころから探究型の学びをやってきた生徒は、たいへんよく分析したり総合したりします。さらに、生徒たちが内角の定理や二等辺三角形の性質等の既得知識を手繰り寄せてきて活用し、分析の結果や既得知識を総合して「円周角の定理」という新しい知識を「発見」していきますので、生徒たちは、「目に見えている世界」(現象)のなかに、直接目には見えていないが、そのなかで確実に働いている法則を捕える力を付けていきます。

 

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そうなってくると、関孝和のように、日常的な現象の中に数学的な本質を見出す力を付けることができるようになってきます。そうならなければ、面白くないですよね。

 小学校低学年から探究の学びをやってきた生徒たちは、こういうふうに考える習慣がついているんです。分析したがるし、総合したがるし、本質というものを捕えようとするし、論理的に考えようとする。だから、算数が面白い。物理が面白くなる。というわけです。

 

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児童A「ねえ、時間って、完全に止まってしまうってこと、あるの?」

児童B「時計は、止まることがあるよ。」

児童C「時計は止まっても、時間は動いているよ。」

児童A「ということは、時間をうんと細かくしても、時間は止まることがないんだから、矢も、そのとき、ほんのちょっぴり動いているよ。」

児童B「だけど、そのときは、矢がどっちに向いているかは、分かるよ。」

 

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こういう探究は、小学校低学年でもできます。しかも、ここで子どもたちは、連続している運動をできるだけ細かくしようとしています。これは分析ですね。そして、うんと細かくした時間の矢を考えると、その瞬間の飛ぶ方向もわかってくるという発見をしています。

 

 これって、よく考えると、高2の数学で学習する微分積分の考え方につながっていきます。

 

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高2で微分積分を学ぶとき、こういうことを考えたことのある生徒と考えたことのない生徒では、おそらく理解度がまったく違ってくるでしょうね。なにより、こういう生徒は分析力や総合力があり、論理性があります。現象の中に隠れていて見えない「本質」を捕えようとします。そのために既得知識を手繰り寄せてきます。そして、それだけでは分からない問題を解決しようとします。楽しいです。やりがいがあります。新しい疑問が生まれます。こうして学力が高まっていきます。

 しかし、方程式の解き方は、ある程度は「教える」必要があります。また、学力を確実なものにするためには、反復学習も必要です。

 しかし、こういう「探究的な学び」の力を付けてきた生徒は、ベクトル解析等にもどんどん応用していけるでしょうね。

 

 「はやぶさ2」が、12月14日、地球の重力を利用して軌道を変える「スイングバイ」に成功し、小惑星リュウグウ」に向かっていきました。

 

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夢の広がる、開智望の算数・数学の学びです。