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何を学ぶ?どう学ぶ?

今どのような学びをやっているのかについて、そして、いまはどんなことが大切なのかについて皆さんと共に考えてみようと思います。

 

・Station

 

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皆さんは、このテーマを通して子どもたちにどんなことを学ばせたいと考えますか?

 

駅・・交通機関の一つで、人々の列車への乗降や貨物の積み降ろしに使用する施設。

 

テスト

 

駅・・    の一つで、                 に使用する施設。

 

これは、辞書的な知識ですね。こういう知識も必要なことはいうまでもありません。

また、子どもたちが、資料を調べたり、フィールドワークしたりして得た表象(イメージ)を一般化し、言葉でまとめるとこうなりますでしょうね。

 この「調査」という活動も「学び」のなかで獲得される大事な能力です。また、「一般化」「言語化」という能力も、今後の学びの中で繰り返し用い、発展させていかなければならない大変重要な能力です。

 

 そう考えると、こうした辞書的な「定義」を「正解」として「教えてしまう」こと、そして、しっかり記憶されているかどうかを試すテストは、ほとんどナンセンスということになりますね。

 

・認識の深化と、強力な思考の枠組みにしたい能力

 

次の写真は、シャボン玉の写真です。

 

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さて、ここで、次の写真から、「シャボン玉と似ているものを選んでみよう」と問うたとします。

 

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みなさんは、どれを選びますか。答えは一つではありません。

 教師は、ここで、「表面の形をよく見てごらん。なにか使える知識があるはずだよ。」と誘導します。

 すると、自分の中にある先行知識を手繰り寄せてきた子どもたちは、コップの水と、葉っぱの上の水滴に目をつけます。

 「アッ、わかった。この間、石鹸をおシリにつけた船を走らせたときにみんなで考えたことだ。」

 

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「お水の表面は、引張りあっいるということだ。」

 ということで、次のような画像を思い出します。

 

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「お船のおシリにくっつけた石鹸は、お船のうしろの水の表面の引っ張り合う力を弱くするんだよ。だから、お船は前へ進むんだよ。」

 なんてことまで思い出す子もいます。

 

 すると、今まで見えていなかったことが見えてきます。

 「分かったよ。シャボン玉の表面は引っ張り合っているんだ。だとすると、よく似ているものは、風船と、コップの水の盛り上がりと、葉っぱの上の水滴だよ。」

 

 これは、大変なことなんです。最初、子どもたちはものを目に映るままに捉えていました。ところが、先行知識を手繰り寄せてきて、考え始めると(これは「発達の最近接領域」といい、最も思考力が高まると共に、新しい知識を獲得することのできる思考の領域です)、目に見えない「本質」まで捉え始めました。そして、最後は「本質」から「現象」を理解し始めています。こうして、子どもたちは、現象と本質という二重の観点からものを捉えるようになっていきます。そうなると、他のものもそういうふうに認識するようになります。

 次の写真は、トノサマバッタです。

 

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このバッタの体の色と形は、今までは、これといって疑問の対象にはなりませんでした。ところが、こういう二重の観点からものを見るという能力をひとたび手に入れると、「ばったの からだの いろと かたちは、どういう はたらきを しているのかな?」という問いを持つようになり、先行知識から「ミドリイロ」・・・植物、「とがった体の形」・・・草の葉というように考えていき、「葉っぱに化ける」(「化ける」という表現が子どもらしいですね)、「姿を隠す」「敵に食べられないように」というように考えられるようになっていきます。これはすごいことです。

 

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こういう力が、さまざまな教科を学ぶ力になり、さまざまな問題を考えることができる力になってくるんです。「問題」とは、もちろん「試験問題」ではありませんぞ。私たち「人類」がこれまで遭遇することのなかった、そして、これからきっと遭遇するであろう「人類の問題」や「地球の問題」かもしれませんぞ。

 ところが、私たち「大人」だって、ものの表面しか捉えないで、先入観にとらわれていることが多いんです。

 私なんか、自転車のペダルは円運動をしているものと信じ込んでいました。

 

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ところが、ペダルは実際は次のような運動をしていたんです。・・・・と書きましたが、これは、皆さんも考えてください。

 それはさておき、それほど私たち大人も現象と先入観にとらわれているんです。ところが、今見たような認識の深化を、幼稚園の年長・年中さんでさえ軽々とやってのけるんです。実は、私は土曜日の「学校体験」に参加している幼稚園の年長・年中さんとやってみました。結構苦労するかもしれないと思っていたんですが、本当に軽々とやっちゃいました。いや、驚きました。ほんとうに驚きました。

 

クリティカル・シンキングがもう始まっている

クリティカル・シンキングというと、「なんでもかんでも否定的に見るような見方」という響きがあります。実はそうではなく、「一面的な見方や先入観にとらわれずに、ものごとを多面的に見る見方」という意味です。

このクリティカル・シンキングがもう始まっているんです。

ものの表面・現象だけを見るのではなく、その本質やその役割を認識する。役割を通して他のものとの関係を認識する。そこからひるがえって、そのものがなんでそのような形や大きさなのか、なんでそんな色なのかを認識する。・・・・これは、人間の認識の深化の仕方です。で、こういう能力が本当の学力で、その中で、諸教科や探究の単元で獲得した知識が生かされます。でも、こういう能力が育ってこないのが今の教育であり、文化なんです。そりゃそうでしょう。考えなくてもインターネットで調べれば、必要な情報は手に入るわけですから。でも。いつの間にか、本当に大事なことと、そうでないことの区別がつかなくなっていたり、真実と虚偽が区別できなくなっていたり・・・。

かつて湾岸戦争のときにペルシャ湾の海岸で呆然としている、目を真っ赤に腫らしたウミウの姿がテレビの画面に繰り返し登場しました。「イラクフセイン大統領が海に原油を流したんだ。あいつはとんでもないヤッチャ」という宣伝でした。ちょっと考えれば、「アレ、変だな。」と思うはずなのに、世界中の多くの人がマンマとだまされちゃいました。・・・あれから中東は大きく変わり、世界も大きく変わりました。

 

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そんなふうに真偽の区別をつけられない人間になりたかアないですよね。

しかし、幼稚園の年長・年中さんでも、こうした思考をやってのけるんです。ものごとを現象だけでなく本質からも、いわば二重の視点から捉え始めているんです。

 

いま、探究の単元でも算数でも国語でも、開智望小学校で学んでいるのは、そういう「学び方」であり、「概念的思考」の基本なんです。これがこれからの学びの「強力な枠組み」や「学ぶ力」「考える能力」に発達していくんです。五木田先生や沼上先生、三年生担当の峰岸先生たちが、FormだのFunctionだのと言っていますが、これがクリティカルな思考にとってとっても大事なんです。