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・開智望の子どもたち 朝の出来事

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2016年6月3日。

 

今朝、7時。TXの守谷駅の改札口を出で常総線の改札口に向かうと、見慣れた制服の一団、7人がそろって守谷市社会福祉協議会の人たちと、大きな声で「おはようございます」。

 

毎朝、守谷市社会福祉協議会が取り組んでいる「あいさつ運動」。「おはようございます」と声をかけられると、私も、自然に(反射的に)「おはようございます」と返します。すると、だんだん顔なじみになってきます。

 

 「朝」というのは、気ぜわしい時間です。寝ぼけた頭で今日の仕事の予定のことを考えているので、なんとなく気持ちにゆとりがなくなっています。私も、表面的には能天気な顔をしていますが(実体も能天気ですが)、どうもこの時間帯は気持ちも体も、尖っている感じす。

 

 そこに、電車の中で子どもたちから「センセー、おはようございます」と言われると、尖った心がほわっと緩みます。電車に乗っているほかの乗客の方々が、ちょっとうらやましそうな表情をします。

 

 そんなあわただしい時間ですが、いつも守谷駅社協の人たちに、「おはようございます」と声をかけられるのが、大変うれしかったんです。

開智望小学校の子どもたちは、社協の人たちに「おはようございます」と声をかけられると、「おはようございます」と返していましたし、声をかけられる前に「おはようございます」と声をかけていた子もいます。

 

それが、今日は、集団で社協の人たちに交じって、声をかける側になっていたんです。これって大きな飛躍じゃないでしょうか。昨日までは、「受け手」だったんです。今日からは「送り手」に変わったんです。しかも、集団で。そのうえ、誰かに言われたのではなく、自分たちの考えで。これは「成長」です。「主体としての自己形成」ということです。

 

うれしくなって、常総線の中で、私はニヤニヤしていました。ひょっとすると変な人と思われたかもしれませんが。しかし、こういう時って、いいことがあるもので、バスから降りて歩いてくるとき、林の中が素晴らしい三層構造の生態系になっていることを「発見」しました。高木は林の中にはあまり葉をつけていません。太陽の光を独り占めせず、灌木や下草にも分け与えているんですね。高木と蔦とのダイナミックな生命の絡み合いも目撃し、うれしくなりました。

 

子どもたちに対して、「何をしたの」と詰めたり、「こういうことをしてはいけない」という禁止をしたり、叱咤をしたりするのは、疲れますし、心もけばだってきます。お互いにあんまりいいことはありません。逆に、「いいことしてみようよ」、「どんないいことができるだろうか」なんて考えることって、楽しいし、心が明るくなるし、生産的ですよね。